"境界の桜庭茶房 ~現代飯と国宝で、どん底から人生やり直します~" 第8話
振りの豚バラ肉を野菜とともにじっくりと煮込み、箸で崩れるほど柔らかく仕げた特製の角煮。その煮汁に黒酢と唐辛子の刺激を利かせ、炊きたての米のに煮卵とともに豪に乗せた椀――『消魂飯(しょうこんはん)』である。
「お姉ちゃん、今のご飯はなあに?」 奥から顔をした音が、湯気を見げてを鳴らした。 「今はね、酸と辛が絶妙な特製角煮ご飯よ。べたら頃の憂さも吹きぶくらい美しいんだから」 「わあ……! 角煮がぷるぷる揺れてる!」
の刻限を待たずして、勝の格子戸を控えめに叩く音がした。 現れたのは、すっかり血の戻った榊原守だった。仕ての良い濃紺の直垂を纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばした姿には、かつて病で線を彷徨っていた面はない。
「朝くからすまぬ、より殿。……何やら、陣にまで届きそうな見事なりに誘われてな」 「守将軍、もうそんなに歩いて丈夫なんですか? ちょうど試を作ったところなんです。召しがってみてください」
よりが差しした々の丼を受け取り、守は匙をかした。 とろけるような脂の甘みが広がった直、黒酢のさっぱりとした酸と唐辛子の辛が追いかけてくる。さをじさせず、次のを猛烈に誘う奥いわいだった。
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「……見事だ。でありながらが清々しい。これほどのなら、の者たちが列をなすのも頷ける」 「よかった。これなら今の定にせそうね」
よりの予通り、と同に先には蛇の列ができた。の武官や商だけでなく、貴族の牛までが裾にまり、理券を握りしめた客たちが今か今かと順番を待った。
そんな気の、カウンターの隅で奇妙な振るいをする客がいた。 粗末な旅装束をに纏い、髪混じりの髭を蓄えた初老の男だ。男は角煮飯を綺麗に平らげたも席をたず、壁に掛けられたよりのきの品きを、い入るように凝していた。
「……おの方、し伺いたい」 片付けのを止めてよりが向き直ると、男はを帯びた差しを向けてきた。 「この札の文字と、添えられた料理の絵姿……これはどなたが描かれたものかね? 輪郭の確かさといい、墨の濃淡のみで材の瑞々しさを写し取る致といい、凡の業ではない。余の真似できぬ画だ」 「私が自分でいただけですけど……何かおかしかったですか?」 「なんと、主自ら……! いや、見事なものを見せてもらった。今の美の礼に、これを納めさせてほしい」
男は背負い籠から本の軸物を取りし、カウンターに置くと、引き止めるもなくのようにちっていった。
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居わせた守がその軸の端を覗き込み、く呟いた。
「……『泉』の落款か。涯を諸国の放浪に捧げ、朝廷の召し抱えすら断り続けているという稀代の画師・伊豆兵殿の真に相違ない。より殿、これは計りれぬ名宝だぞ」
驚くよりだったが、慨に浸るは残されていなかった。 の砂煙を巻きげ、騎の馬が茶のへと滑り込んできたからだ。馬から転がり落ちたのは、にまみれた若い伝令兵だった。
「榊原将軍! 将軍はおられますか……!」 「落ち着け。何事だ」 守が鋭い声で制すると、兵は息を乱しながら膝をついた。
「の被災にて、流り病が爆発に広がっております! 落茶およびの町では罹患者が数万に達し、朝廷から送られた薬は底をつきました。現の腐敗役どもは、老や病を『平』に隔し、物資を惜しんで見殺しにする構えです! 鳥従殿が突破して救援に入ろうとしましたが、役に阻まれ、陣営ごとに封じ込められてしまいました……!」
背で聞いていた音が、よりの着物の裾を握りしめた。 「そんな……鳥兄さんたちが……」
伝令の訴えによれば、激しいと咳に襲われ、々は寒吹き荒れる廃でただを待つばかりだという。 守の眉根が険しく寄った。 「朝廷への報告を待っていては遅れになる。
私が直率の兵を率いて現へ向かう」 「待ってください、守将軍」
よりがみた。 「その病、が何も続いてがらないんですよね? 薬と防寒具なら、私が用できます」