"理事長の孫が清掃員になった夜" 第6話
の物の顔は見えない。声しか聞こえない。だが、その残忍な女の声の主を、彼は絶対に忘れないと、臓の奥くに刻み込んだのだった。
――そして、現。
清掃員のロッカーで、歳の誠は鏡に映る自分の姿を見つめながら、乱れのないように襟を正していた。首に嵌められた母の形見のリストバンドが、蛍灯のを浴びて鈍くを放っている。あのから数えてといういが流れたが、あの女の声の主を、彼は瞬たりとも忘れたことはなかった。
夜勤けの朝、まだ誰もを踏み入れていない階の静まり返った廊を、誠は音をてずに静かに歩いていた。古びた医療器具の理という名目さえあれば、の庫への侵入は容易だった。清掃用のカートを押す彼の取りは穏やかではあったが、その目は極めて確実だった。向かう先は、過の膨な勤務シフト表や当直の記録が眠っているの庫である。
過ヶの綿密な観察によって、彼は警備員の巡回スケジュールを完全にに叩き込んでいた。次の音がこの区域に届くまでには、まだ分もの余裕があった。誠はく息を吸い込むと、く錆びついた庫の扉のノブにをかけた。古びたと埃の入り混じった独特の匂いが、彼の頬をかすかに撫でる。
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蛍灯が発するジリジリというな子音だけが静寂のに響き渡る、誠は迷いのない取りで奥の棚へと向かい、のに該当するシフト表と当直記録のファイルを力任せに抜きした。
『……母が運ばれたあの夜。当直責任者……崎麗子。当直護師……川はる子』
「やっと……見つけたぞ」
彼の喉の奥から絞りされた声は、庫のたい静寂のにさく吸い込まれて消えた。お母さん、あの夜の酷な声の主は、違いなくこのたちだ。彼はポケットからスマートフォンを取りし、震える指先でシャッターを切った。胸の底に溜まり続けていた分のたい澱が、その瞬にほんのしだけ溶けていくような気がした。ファイルを元の位置に正確に戻し、彼は静かに庫をった。清掃カートを押す誠の表は、相変わらず周囲からはいつも通りの穏やかな青に見えていた。
翌の昼休み、誠は科病棟のナースステーションの目のを、乱にを磨きながら移していた。彼の狙いは、当直でい休憩をとるはる子のきを見定めることだった。午、予定通りにはる子が湯へと向かって歩きす。誠はさりげなくそのを追った。
湯のでは、はる子がでマグカップにコーヒーを淹れているところだった。
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誠は扉を軽くノックしてから、そのにを踏み入れた。
「失礼します。をもうし磨かせていただきますね」
「ええ、どうぞ」
誠はに膝をつき、方の汚れ具を測るようなふりをしながら、を決してをいた。
「あの……川さん、しだけお聞きしたいことがあるのですが」
「ん、何かしら?」
「……この病院で、すでに勤務されていましたか?」
その瞬、コーヒーをかき混ぜていたはる子のがピタリと止まった。わずかな沈黙の、彼女は警戒を含んだ慎な声で問い返してきた。
「ええ、私はこの病院で勤続しているから、当然昔のこともっているけれど……それがどうかしたの?」
「の、急性筋梗塞でこの病院に救急搬送されてきた女性のことを……覚えていますか? 絵里子という名の女性です」
その言葉が発せられた瞬、ガシャンという障りな音が響いた。はる子のから、持っていたコーヒーカップが滑り落ち、いタイルのに激しく叩きつけられて々に砕け散った。
「あなた……いったい、何者なの……?」
誠は切答えようとはせず、ただまっすぐにはる子の瞳を見つめ返した。はる子の瞳には、隠しきれない激しい揺のがっていた。
その緊張した空気を切り裂くようにして、湯の扉が音をてて勢いよくき放たれた。
「あら、こんなところで何コソコソとお喋りをしているのかしら?」
廊からの音もなくそこにっていたのは、崎麗子だった。