"理事長の孫が清掃員になった夜" 第3話
ふと方に目をやった誠は、そこにち尽くしている祖父・神慈郎の姿を認め、わずかにそのを止めた。母によく似た目元が、理事の姿をとらえて瞬だけ伏せられる。誠は静かに、しかしどこか拒絶を含んだ作でをげた。
「おじいさん……なぜ、ここで働いているんですか? なぜ、私に何も言ってくれなかったんだ」
慈郎の絞りすような問いかけに対し、誠は祖父の顔を直しようとはせず、く閉ざした唇をようやくき、淡々とした声で答えた。
「失礼します。これから学にかないといけないので」
それだけの言を残すと、誠は慈郎の直した巨体の脇をすり抜けるようにして、にそのを通り過ぎていった。
「ま、待ちなさい!」
呼び止める慈郎の老いた声は、え切った廊の空気にむなしく吸い込まれて消えていった。振り返ることのない誠の背は、やがて廊の曲がり角の向こう側へと呑み込まれ、完全に界から消えった。
夕方をまわった頃、階にある清掃員用のロッカーで、誠は紺のユニフォームのボタンをつずつし、私へと着替える準備をめていた。彼はロッカーの扉の内側に貼り付けられた、枚の古い写真をじっと見つめていた。それは幼い頃の自分と、若かりし母、そして今はき父が並んで写っている族写真だった。
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「僕は、ちゃんとやってるよ、母さん……」
のでそう呟きながら、誠はの袖をまくり、そこに装着されていた本の細いシルバーのリストバンドにそっと触れた。それはき母が肌さずにつけていた形見の品だった。それを自分の首につけることが、いつしか彼の勤における、自分自を鼓するための厳粛な儀式となっていた。
を落ち着かせて再び病院の廊に戻り、の磨きげ作業を始めてから分ほどが経った頃、背からの裾を翻した団が連れってづいてくる音が聞こえてきた。その集団の先を歩いていたのは、科部の崎麗子だった。歳という若さで都学医学部を首席で卒業し、次期院候補のとして院内にその名を轟かせる、桜総病院の女帝とも言うべきだった。彼女の腕には、分いカルテの束が無造作に抱えられていた。
麗子は誠の姿を認めると、わざとらしくその歩みを止め、抱えていた類の束のから数枚を引き抜くと、誠が先ほど汗を流して磨きげたばかりの清潔なのに、わざとひらりと落とした。
「あら、が滑っちゃったわね。派遣の坊や、そこに落ちた類をちゃんと拾っておいてちょうだい。それもあなたのお仕事の環でしょうから」
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誠は切の反論の声をげず、ただ無言のままそのに膝をつき、散らばった類を枚ずつ丁寧に拾いげていった。周囲を取り囲む若医師たちは、その景を見て劣な笑みを抑えきれずに漏らしている。護師たちは様に目を伏せ、この絶対な権力者に対して誰としてを挟もうとはしない。それだけの圧倒な威圧が、麗子の周囲には常に纏わりついていたね。
「ねえ、歳といういい歳をしてこんな底辺の仕事をしているなんてよっぽどにを使う取り柄がないのかしらね。学の授業すらろくに受けていないクズなのかしら」
誠はすべての類を拾い終えると、それを綺麗にえて両で麗子の方へと差しした。しかし、麗子はそれを慈のかけらもない無造作なつきで激しく払い落とした。パラパラと音をてて、朝の類が再びのに無惨に散らばる。
「私のに直接渡さないでちょうだい汚れるじゃないの、まったく」
その酷な仕打ちに、誠の指先がわずかに、しかし激しく震えた。その緊迫した空気を切り裂くようにして、廊の向こうから声がんだ。
「崎先、々お待ちください」
毅然とした女性の声が廊に響き渡る。そこに歩み寄ってきたのは、主任護師を務める川はる子だった。
歳という齢で科病棟の主とも呼ばれる、ベテランの誇りき護師である。