みかん小説
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"一日五百円で飼われた妻" 第18話

がの、玄関の鍵だった。

私はそれを、テーブルのに静かに置いた。 カチャリ、と微かな音がした。

彦の声が、ピタリと止まった。 彼は肩をさせ、荒い息を吐きながら、テーブルのの鍵を見つめた。

「……由美?」

私はゆっくりとちがった。 子の背からコートを取り、袖を通す。 そして、で初めて、彦の目を真っ直ぐに見ろした。

そこには、恐れも、りも、みすらもなかった。 ただ、どこまでもたく、澄み渡った、絶対な無関があるだけだった。

「あなたに証することは、もう何もないわ」

私の声は、自分でも驚くほど穏やかだった。

「、私はあなたに認めてもらいたくて、必だった。でもね、彦さん。私はあなたの持ち物でも、あなたの作品でもないの。私は、最初から私だったのよ」

彦は息を呑み、歩ずさった。 反論の言葉を探すように、彼の唇が震えていた。だが、私が彼と同じ俵にがってこないこと、彼が作りげたゲームのルールを完全に放棄したことを悟った瞬、彼の目はただの怯えた物のように泳ぎ始めた。

支配者は、被支配者が反抗したに負けるのではない。 被支配者が、自分のを完全に「無価値」として切り捨てた瞬に、永に敗するのだ。

私は音の方を向いた。 音は涙を拭い、しっかりとを向いて、私にさく微笑みかけてくれた。

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「お母さん、って」

「ありがとう、音。体に気をつけてね」

私は彦に背を向けた。 「待て! 由美! おい、待てよ!」 背から、けない男の叫び声が追いかけてきた。 だが、私は度も振り返らなかった。

引き戸をけ、廊を歩き、の玄関をる。 の眩しいが、私の全を包み込んだ。 肺の奥くまで吸い込んだ空気は、ぶりに、何の濁りもない、本物のがした。

*

しい私のは、都からで分ほどれた、私鉄沿線のさなにあった。

築、鉄筋コンクリートの階建てマンションの、階の角部。 畳のフローリングに、さなキッチンと、独したユニットバス。 彦が用したあの造アパートより、賃は万千円かったけれど、当たりが良くて、ベランダからはくに富士のがさく見えた。

活は、決して楽ではなかった。

から始まった国際物流センターでの派遣の仕事は、毎が戦だった。 若い社員たちに混ざり、慣れない専用語と、英語がび交う貿易システムを相に、私は必でらいついた。 キーボードを叩き続ける指先は毎晩痺れ、帰りの満員ではが棒のようになった。

暮らしの続きも、失敗の連続だった。 気やガスの通続きで類の備をし、役所の窓で何度もたらい回しにされ、初めて届いた民税の請求の額に血の気が引いたこともある。

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誰も守ってくれない。 誰も代わりに決めてくれない。 その圧に押しつぶされそうになって、夜、カーテンのない部のたい布団ので、声を殺して震えた夜も度や度ではなかった。

けれど、それは「私の」のみだった。 誰かに飼い慣らされ、息を潜めてきる屈辱に比べれば、自分で背負う活の疲労など、よい痛みでしかなかった。

音とは、週に度、LINEで連絡を取りっていた。 彼女は学の講義とサークル活で忙しくしているようだった。 彦はあの以来、すっかり毒気を抜かれたようにしくなり、政婦を雇ってで暮らしているらしい。音は「お父さん、たまに寂しそうに『お母さんは元気にしているか』って聞いてくるけど、全部無してるからして」と笑っていた。

彦が今さら何を悔していようと、私にはもう関係のないことだった。 計の針は、度と戻らない。

*

の、ある曜の夜のことだった。

週の激務を終え、最寄り駅の改札をたのは、計の針がを回った頃だった。 の夜が、仕事帰りの照った頬をよく撫でていく。

私はアパートへの帰り、駅のるいコンビニエンスストアにち寄った。 の朝用のパンと牛乳をカゴに入れ、ふと、スイーツの並ぶデザートコーナーのでが止まった。

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