"ただいま温度管理中です!" 第1話
領州の端に位置する暗い薪には、いつも湿ったと乾いた血の匂いが淀んでいた。
「役たずのクズどもが……! 孵化を始めてもうにもなるっていうのに、何の反応もないどころか、墨のように真っ黒に干からびおって。今こそ叩き割って、飯のしにしてやる!」
荒々しい罵声とともに、に転がるつの黒い塊へ革鞭が振りろされる。 バチィン、と質な甲い音が狭い空に反響した。 煤のようにくすんだ巨な卵の殻が、微かに軋む。
「ご主様、もうやめてください……! 本当に、殻が壊れてしまいます……!」
卵の奥から漏れたのは、まだ幼い震え声だった。だが、鞭を握る女――領州の弟子、最恩寺レイは、笑を浮かべてさらに力を込めた。
「謝るがあるなら、自力で殻を破る霊力を使え! 言い訳もできなくなるまで叩きのめしてやるわ!」 「最恩寺先輩、の霊卵にそこまで執着して、体何が楽しいのですか?」
の入りから、ややかな声が割り込んだ。 ボロボロのの着をまとった女――野ユイが、薬の籠を抱えてっていた。汚れたなりだが、その瞳だけは底れぬ静けさを湛えている。
最恩寺レイは忌々しそうに振り返り、に持った鞭の先をユイの先へと突きつけた。
「野、またそのにかけの卵をかばう気? を突くような臭が漂っているじゃない。
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価な霊薬を無駄にして、見苦しいことこのないわ」 「私の霊卵です。先輩にとやかく言われる筋いはありません」 「奥から拾われてきた孤児の分際で、弟子の私に向かってよくもそんなが利けたものね!」
最恩寺の吊りがった眉が、激しいりに歪む。
「あの、掌様がおの骨格を『類稀なる賦の才』と見て、覚すれば必ずや成すると仰って領州に迎え入れてくださらなければ、おは野垂れんでいたはずよ。それなのに以経っても修練はまるでまず、気を取り込むことすら覚束ない無能。が領州の面目は、おひとりのせいで丸潰れなのよ!」
最恩寺の声は、憎悪に満ちて尖っていた。
「百に度の仙戦が迫っているというのに、弟子たちは凡庸ばかり。掌様が焦るあまり、おのようなゴミに特例で霊卵をつも賜されたこと自体、違いだったのよ! 今回の卵選びで最もい霊獣を孵した者だけが、太古の秘境へ入る資格を得る……それを、おなんかが横取りできるとでもっているの?」
最恩寺は歩いを詰めると、ユイの首を乱暴に掴みげた。
「おが触れたせいで、派な霊卵がつともガラクタになった。こんな役たず、かしておく価値もないわ。今こので、領州の恥を排除してあげる」
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「……最恩寺先輩。規では、同同士の私闘や殺傷は厳禁と定められているはずですが」 「誰も見ていなければ同じことよ。落ちこぼれの野が、霊卵の世話を苦にして自害した――あるいは、卵の暴に巻き込まれてんだ。それで片がつくわ」
最恩寺ののひらに、鋭利な青い霊気が凝縮された。 躊躇はなかった。掌の寵を奪いかねないを、芽のうちに摘み取る――その浅ましい決のまま、青い霊がユイの胸元を容赦なく貫いた。
どさりと、汚れたの体がに崩れ落ちる。 胸から鮮血が広がり、女の呼吸は途絶えた。
「ふん……に損ないの黒い卵諸共、朽ち果てるがいいわ」
最恩寺は吐き捨てるように踵を返し、薪の扉を乱暴に閉めてちった。 え切った静寂が、血溜まりのに残された。
◇
(……うわ、最悪。全が痛い……え、なんで?)
識の混濁のから浮した瞬、烈な血臭さと激痛が脳を揺さぶった。
(今も今とてアルパカの難産に付きって、そのあと興奮したアムールトラの体温測定して……限界まで残業して帰る途に、トラックに突っ込まれたんじゃなかったっけ……?)
い瞼を無理やり持ちげる。 界に映ったのは、見慣れた物病院の無菌でも、救急の井でもなかった。 蜘蛛の巣の張った梁。湿った壁。そして、自分の胸から溢れている夥しい量の鮮血。
傍らには、まるで炭のように真っ黒に焦げ付いた、ダチョウの卵より回りほど巨な塊がつ転がっている。