"他人の家で父親ごっこをする夫" 第15話
【15】 総病院の廊に響いた、息を切らした音
都総病院の科来の廊は、消毒液のたい匂いと、き交う々の沈痛な気配に満ちていた。
午分。
壁掛け計の秒針が、無質にを刻んでいる。
私は子の端に座り、母の細く痩せたを両で包み込んでいた。
を過ぎた母のは、驚くほどたかった。
「由美、やっぱり会社、休まなくてよかったのに……で受けられる検査だって、先も仰ってたし」
「いいの。で待つのは細いでしょ」
私は無理に角をげて微笑んで見せた。
だが、ポケットので握りしめたスマートフォンは、たい鉄の塊のように沈黙を守ったままだった。
雅は、来ない。
野へ向かう速ので、今頃は頼もしいドライバーとして謝の言葉を浴びているのだろう。
それでいい、と自分に言い聞かせていた。
期待していなかった。最初から、で母を支えるつもりだった。
、そうやってきてきたのだから。
『――受診番号、番の方。佐々静様、待へお入りください』
無質なアナウンスがスピーカーから流れた。
「あ……呼ばれたわ」
母が怯えたようにちがろうとした、その瞬だった。
ペタペタと、気を吸った革靴がリノリウムのを叩く、乱暴な音が廊の向こうから響いてきた。
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曲がり角から、肩で激しく息を乱した男が姿を現した。
びしょ濡れのコート。乱れた髪。
ネクタイは斜めに歪み、胸元をきくさせている。
には、温かい缶のほうじ茶が本、器用に握りしめられていた。
「……お義母さん!」
雅だった。
母が目を見張り、ぽかんとをけた。
「……雅さん? どうしてここに……お仕事は……」
「にって……よかった……」
雅は母のに膝をつき、荒い呼吸をえながら、いほうじ茶の缶を両で母のたいに握らせた。
「遅くなってすみません。をコインパーキングに入れるのに取って、最はってきました」
「でも、あなた、今はおかけじゃ……」
「族の検査より事な用事なんて、ありませんから」
雅は母の顔を真っ直ぐに見つめて、静かに言った。
その言葉に、母の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう……雅さん、来てくれて、本当にありがとう……」
母が護師に促されて診察のドアの向こうへ消えた、廊の子には、私と雅のだけが残された。
雅は隣に腰をろし、もう本のほうじ茶を私の膝のに置いた。
缶から伝わるが、私の太ももをじんわりと温める。
「……佐伯さんのところは、どうしたの」
私がを向いたまま尋ねると、雅は両を膝のに置き、く息を吐きした。
「トラックの鍵を、亮介に渡してきた。
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野にはかないって、ちゃんと言ってきたよ」
「……そう」
「鍵を放した瞬さ」
雅は乾いた声で笑った。
「自分が誰からも必とされなくなったような気がして、が震えたよ。俺にはもう何の価値もないんじゃないかって、本気で怖かった」
「……」
「でも、駅に向かってりながら気づいたんだ。俺が必とされたかったのは、の族じゃなくて……本当は、おだったんだって」
雅はゆっくりと顔をげ、私の横顔を見つめた。
「おに頼りにされない自分が悔しくて、けなくて、あそこに逃げてた。おがで全部できるいだからじゃない。俺がおに向きう勇気のない、ただの役たずだったからだ。……本当に、すまなかった」
検査のドアがき、母が護師に支えられててくるまで、私たちは言も交わさなかった。
検の結果がるのは週だが、超音波の所見では良性の線維腺腫の能性が極めていと、医師から説を受けた。
最悪の事態は免れたのだという堵が、分のい溜息となって診察に落ちた。
病院をると、はほとんど止み、の切れからの淡い差しが差していた。
母をタクシーに乗せて実へ送り届けた、私たちは駅のカフェのテラス席にいた。
「あのウサギだけど」
私がをくと、雅はをくした。
「遥ちゃんにあげたままでいいわ。取り返しにったりしないで」
「……いいのか? お母さんのいのものだったんだろ」
「いいの」
私はめたコーヒーのカップを見つめた。
「私が傷ついたのは、ウサギを奪われたからじゃない。あなたが、私の気持ちを確かめもしないで、『どうせらない』って勝に決めつけたことよ。私のを、私たちの活を、勝に品扱いされたことが許せなかったの」
「……ああ」
「もう度と、私のでそんな真似はしないで」
雅は固く目を閉じ、静かに頷いた。
その背はさく丸まっていたが、そこにはもう、ので見せていた空虚な見栄のはなかった。