"他人の家で父親ごっこをする夫" 第10話
【10】 「私たちは、あなたが必としていないんだとってた」
「おい! 佐々さんの奥さん!」
町の細い。
自販売が赤くる角で呼び止められ、私はを止めた。
肩で息をしながら追いついてきたのは、先ほど部で荒れ狂っていた佐伯亮介だった。
スウェットのポケットから銭を乱暴に取りし、自販の投入に放り込む。
ガコン、と鈍い音をてて落ちてきた缶のホット茶を、彼は無言で私のに突きしてきた。
「……めよ。、震えてるぞ」
見ろすと、確かに私の指先は寒さと張り詰めた緊張でく直し、微かに震えていた。
私は黙ってそのい缶を受け取った。
掌にじんわりと広がるが、覚の麻痺しかけていた神経を刺すように呼び覚ます。
「って喚き散らすかとったよ」
亮介は自分の分の缶コーヒーのプルタブを引き抜くと、煽って顔をしかめた。
「雅さんに包丁でも突きつけるか、お袋の胸ぐらでも掴むか……そういう修羅を像してた。あんた、ずいぶん静なんだな」
「静に見えるだけです」
私はく答えた。
息がく夜気に溶けていく。
「鳴る気力も起きないくらい、ただ呆れているだけ。……あので、雅があんなふうに暮らしていたなんて、にもわなかったから」
亮介は自販の横のゴミ箱に背を預け、濁った目で私を見た。
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その目から、先ほどの狂犬のようなトゲは消え、代わりに底れない疲労と諦めが滲みていた。
「実を言うとさ」
彼は煙にをつけようとして、私の顔を見ていとどまったのか、ライターをポケットに戻した。
「俺もお袋も、ずっとあんたのこと……酷で、いやりのない女なんだとってたんだよ」
臓の奥を、たい針で突かれたような気がした。
「……私が?」
「ああ」
亮介は自虐に笑った。
「雅さん、うちに来て酒むとさ、いつも愚痴ってたんだよ。『うちのやつは派すぎて、隙がない』ってな。『のローンも半分して、活費も完璧に管理して、球が切れようが蛇が壊れようが、全部自分で業者呼んで解決しちまう』って」
缶のさが、掌に痛いくらいに伝わってくる。
「『母親が入院したときだって、俺に気を遣って仕事を休むなと言い、で病院へ通い詰めた。あのには、俺の居所なんて最初からないんだ』……そう言って、泣きそうな顔で缶チューハイんでたよ」
亮介の言葉のつつが、私が「夫に負担をかけまい」と必に積みげてきた矜持を、元から々に踏み砕いていく。
「だからさ、俺もお袋も信じ切ってたんだ。佐々の奥さんは、で何でもできて、夫のことなんてから必としていないキャリアウーマンなんだって。
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雅さんを庭から締めしてるのは、あんたのその完璧主義のせいなんだってな」
「……」
「雅さんがうちのボロい網戸直して『助かりました』って言われるたびに、誇らしげな顔をしてたのを見てさ、俺は胸糞悪かったけど……お袋は本気で同してたぜ。『な、うちでくらい男としてててあげなきゃ』ってな。……でも、違ったんだろ?」
亮介が、探るような線を私に向けた。
私はく息を吸い込み、たい空気を肺いっぱいに満たした。
握りしめた茶の缶が、軋むような音をてる。
「亮介さん」
私の声は、自分でも驚くほど静かで、研ぎ澄まされていた。
「私が球を替えられて、で母の病院に通えるからって……隣の席が空っぽでいいとっているわけじゃないわ」
亮介の眉が、ピクリといた。
「で『できる』ことと、で『いたい』ことは、まったく別のことよ」
私は逃げずに、彼の目を真っ直ぐに見返した。
「頼んでも『今度やる』と先延ばしにされ、暗ので活するのが嫌だから脚に乗ったの。相談しても『おの親だろ』と背を向けられたから、で病院へるしかなかったのよ。そうやって活を守るために平気なふりをするしかなかったを……『おはできられるかららない』と切り捨てるのが、あなたの言う優しさなの?」
亮介は息を呑み、言葉を失った。
「私は、夫に頼りたかった。緒に暮らしているんだから、緒に活を背負ってほしかった。でも雅は、自分のプライドが傷つかない、簡単に謝される所へ逃げただけよ。……あなたの言う通り、ただの臆病者だわ」
を吹き抜けるが、私たちのを通り抜けていく。
亮介は線を面に落とし、吐き捨てるようにく呟いた。
「……やっぱりな。あの男、番タチが悪いぜ」
私は軽くをげると、それ以言葉を交わすことなく、駅へ向かって歩きした。