"他人の家で父親ごっこをする夫" 第5話
【05】 玄関に並んでいた、見覚えのある折りたたみ子
ドアを押しけて姿を現したのは、写真の側に写っていた柄な老婦――佐伯千鶴さんだった。
エプロン姿の彼女は、私の顔を見るなり、驚きとびに目を細めて両をわせた。
「まあ、由美さん! 本当に来てくださったのね。狭いところで散らかっていますけれど、どうぞ入ってくださいな」
警戒など欠片もない、親戚の姪でも迎え入れるような屈託のなさだった。
私はにした菓子折りの袋を胸ので握り直しながら、さく会釈した。
「突然押しかけて申し訳ありません。お邪魔いたします」
靴を脱ぎ、(たたき)にを踏み入れた瞬、腔を突いたのは湿った畳と古い湿布の入り混じった活の匂いだった。
だが、私の線はすぐに玄関の片隅で釘付けになった。
壁にてかけられた、見覚えのあるモスグリーンの折りたたみ子。
アルミフレームの角に、かつて私がベランダでプランターをぶつけてつけた、さな引っかき傷が今もく残っている。
の、ベランダから忽然と消えた子だ。
雅に「あの子、どこにったからない?」と聞いたとき、彼は「台で壊れたから俺が粗ごみで処分した」と事も無げに答えていた。
嘘だった。
壊れてなどいない。傷つ増えることもなく、こうしての玄関先で現役の具として鎮座している。
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「あの、千鶴さん。そちらの子は……」
喉の奥から絞りした私の問いに、千鶴さんはあっけらかんと微笑んだ。
「ああ、それね! 雅さんがくらいに持ってきてくださったのよ。『うちのベランダじゃ所塞ぎになってるから、お母さんの腰掛けに使って』って。靴を履くときに本当に宝していてねえ」
悪びれる様子など微もない。
むしろ、夫の気の利いた優しさを私に誇らしげに報告しているかのようだった。
廊を抜けてリビングへを踏み入れると、そこは引越し用の段ボールが井くまで積みがった混沌とした空だった。
その雑然とした景ので、私の網膜を焼くように、次々と「がの残骸」が目にび込んできた。
ローテーブルの端に置かれた、象印の気ケトル。
注ぎのパッキンがし黄ばんでいる、私が結婚目に買ったものだ。
半、雅が「急に源が入らなくなったから捨てた」と言って、しいものを勝に買い直してきたはずだった。
だが今、そのケトルはコンセントに繋がれ、佐伯の茶の湯を温めるために静かに湯気をてていた。
テレビ台の脇には、全巻あるはずの児童向け植物図鑑のうち、抜け落ちていた第巻だけがてかけられている。
壁のフックには、雅が「会社で袖を引っ掛けて破いたから捨てた」
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と言っていた、のネルシャツが丁寧に掛けられていた。
指先が氷のようにたくなっていく。
雅は、浮気相に価なブランドバッグを買い与えていたわけではなかった。
当としてを貢いでいたわけでもない。
彼はただ、私たちがかけて積みげてきた活の断片を、しずつ、しずつ、まるでな角質を削り落とすかのように持ちし、この見らぬ庭の隙へ埋め込んでいたのだ。
その異常さに胃の腑がねじれるような眩暈を覚えたそのとき、奥のふすまが勢いよくいた。
「おばあちゃん、荷札のシールどこー?」
甲い女の声と共にびしてきたのは、写真の列にいたあの女の子――遥ちゃんだった。
そのさな両腕には、あの黄いウサギのぬいぐるみが、片もしたくない宝物のように抱きしめられていた。
女は私と目がうと、ぱっと顔を輝かせた。
「あ! もしかして、由美おばちゃん?」
私の臓が、嫌な音をててねがった。
「……私のこと、っているの?」
「うん! 雅おじちゃんのスマホで見せてもらったもん! おばちゃんが焼いたアップルパイの写真! おじちゃん、おのやつよりずっと美しいんだって自してたよ!」
無邪気な笑顔で差しされたその言葉に、私の考は完全に止した。