"父親欄の黒い斜線" 第14話
【14】 午5半の退勤「昇コースかられてもいいのか」
曜の午分。
拓也の勤める器メーカーの会議では、苦しい緊張がピークに達していた。
役員名が並ぶで、クライアント企業の幹部が満げに頷いた。
「素らしい提案でした、佐藤さん。この方針でめましょう」
会議に拍が沸き起こる。
拓也はく礼した。額にはびっしりとや汗が張り付いていた。
プレゼンは成功だった。
だが、計の針を見た瞬、拓也の背筋が凍りついた。
『16:45』
保育園の延保育の最終リミットは、分。
このビルから保育園までは、を乗り継いで最で分かかる。
今すぐオフィスをなければ、絶対ににわない。
「佐藤、よくやったぞ!」
部が満面の笑みで拓也の肩を叩いた。
「先方の専務がな、このぜひ杯みながら細かい詰めをしたいと仰ってるんだ。役員も全員く。おが主役だぞ、もちろん来るな?」
周囲の同僚たちが、羨望の混じった目を拓也に向ける。
この会に席し、役員と専務のグラスに酒を注げば、来期の課昇は確実なものになる。
社内の世レースにおける、決定な『勝ち確』の切符だった。
拓也のが、に縫い付けられたようにかなくなった。
——きたい。
ので、本能な叫びが霊する。
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このために何ヶも残業し、資料を作り込んできたのだ。
男として、会社員として、このを断るがどこにいる?
『携帯が鳴る。もしがたら? 誰が迎えにくの?』
美咲の徹な問いかけが、脳裏を鋭く切り裂いた。
もし今、自分がみ会にけばどうなる?
保育園から話がかかってきても、酒をんでいれば迎えにけない。
連絡がつかなければ、陽菜は暗い事務で、見らぬ職員に囲まれて泣き続けることになる。
かつての自分なら、迷わず母・久子に話していただろう。
『母さん、急な接待が入ったから、代わりに迎えにってくれ』と。
そして、自分は傷つ負わずに、酒をんでいただろう。
拓也はく息を吸い込んだ。
そして、部の目をまっすぐに見つめ、をげた。
「……申し訳ありません、部。本の会には参加できません」
会議の空気が、瞬で凍りついた。
「……は? 佐藤、お、何を言ってるんだ?」
部の声から、温度が消え失せた。
「子どもを……保育園へ迎えにかなければなりません。妻が張で、私が単独で監護しています」
「代わりはいないのか!? 親戚とか、おの母親とか!」
「いません。私が父親です」
拓也は顔をげた。声は震えていたが、歩も引かなかった。
「プレゼンの詳細資料と今の質疑応答の点は、すべてサブの林に引き継ぎを完しています。
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本の会は、林に任せます」
「佐藤!」
部が気を孕んだ声で鳴りつけた。
「お、これがどういうか分かって言ってるのか? ここで席をせば、今回のプロジェクトリーダーの功績は林につくぞ。お、昇コースかられてもいいのか!?」
「……承のです」
拓也はもう度、くをげた。
「失礼します」
拓也は背を向け、りした。
背に突き刺さる同僚たちのややかな線と、司の舌打ちの音。
これまで自分が何よりも切にしてきた『会社での見栄』が、音をてて剥がれ落ちていくのをじた。
だが、議と悔はなかった。
駅の階段を駆けり、満員にび込む。
吊り革に掴まりながら、拓也は計の秒針だけを見つめていた。
〇分。
息を切らし、ネクタイを乱した拓也が、保育園のインターホンを押した。
ドアがき、保育士にを引かれて現れた陽菜が、拓也の姿を見た瞬に顔をパッと輝かせた。
「あー、パパ!」
まだ瞭な声で両を伸ばしてくる娘を、拓也はに膝をついて抱きしめた。
ワイシャツの胸元に、柔らかなさな顔が埋まる。
「遅くなってごめんな。……お待たせ、陽菜」
拓也の目から、いものがこぼれ落ちそうになった。
会社での評価を失った。昇のチャンスを放した。
けれど、このさな温もりを守り切ったという事実だけが、拓也の胸を誇らしく満たしていた。