"父親欄の黒い斜線" 第12話
【12】 午3の児科「ずっとで、この恐怖に耐えてたのか」
夜初期診療所のロビーは、暗く、消毒液のたい匂いに満ちていた。
夜半を回っているというのに、パイプ子には数組の親子が座っていた。
泣き叫ぶ幼児を抱いて疲れ果てた母親、ぐったりした赤ん坊の背を擦り続ける父親。
誰もをかない。響くのは、鬱な咳の音と、護師が名を呼ぶ事務なアナウンスだけだった。
「佐藤陽菜ちゃん、診察へどうぞ」
拓也はね起きるようにちがり、診察へ駆け込んだ。
初老の男性医師が、際よく陽菜の胸に聴診器を当て、喉の奥をライトで照らす。
「喉がし赤いわきだね。突発性発疹か、ウイルス性の咽炎でしょう。胸の音は綺麗だし、お腹も張っていない。痙攣の兆候もありませんよ」
医師の言葉に、拓也の張り詰めていた肩の関節が、ガクリとれそうになった。
「だ、丈夫なんですか……? 38度9分もあるのに……」
「お父さん、がるのは体がウイルスと戦っている証拠ですからね。解剤の座薬をしておきます。ががって分が取れれば、の朝にかかりつけ医を受診すれば丈夫ですよ」
護師から座薬の入れ方の指導を受け、処置のベッドでさな座薬を陽菜のお尻に滑り込ませる。
陽菜は々しく泣いたが、しばらくすると薬が効いてきたのか、荒かった呼吸がしずつ穏やかになっていった。
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会計を済ませ、再び待のいプラスチック子に腰をろした、壁の計は午分を指していた。
腕のの陽菜は、額にっすらと汗をかきながら、静かな寝息をてていた。
拓也は、自販で買ったぬるい缶コーヒーをにしたが、が全くしなかった。
自分の両を見つめる。
指先はまだ微かに震えていた。
オムツを替えるのが変だとか、夜泣きで眠れないのが辛いとか、そんなレベルの話ではなかった。
もし、ががらなかったら。
もし、このさな体が突然かなくなったら。
自分の判断つで、この柔らかい命が消えてしまうかもしれないという、底なしの恐怖。
——美咲は。
拓也の胸に、たい氷柱が突き刺さるような痛みがった。
美咲は、退院してからのあの、この逃げのない恐怖を、毎たったで背負っていたのだ。
自分は何をしていただろう。
「もいから」と別の部へ逃げ込み、
「育休なんだから母親がやるのが普通だろ」とあぐらをかき、
たまに嫌よく笑っている娘の写真を撮っては、SNSに投稿して『良き父親』を気取っていた。
『私はね、あなたが陽菜をしてるかどうかを疑ってるんじゃないの』
あの料亭での美咲の言葉が、今になって拓也の胸を激しくえぐった。
しているかどうかなど、何の役にもたない。
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本当に必なのは、恐怖ので逃げずに、命のさを共に分かちうことだったのだ。
拓也はポケットからスマートフォンを取りした。
通画面には、何の着信も入っていない。
美咲は、私を信用して放したのではなく、話をかけてこない私を、別の部で固唾をんで待っているに違いなかった。
拓也は震える指で、メッセージアプリをいた。
そして、画面に文字を打ち込んだ。
『陽菜の、38.9度までがった。
#8000に話して、夜診療所に連れてった。
咽炎の診断で、座薬を入れて今は落ち着いて眠ってる。
の朝、かかりつけ医に連れてく。
美咲、起こして悪かった。……お、ずっとで、この恐怖に耐えてたのか』
送信ボタンを押すと、ほんの数秒で『既読』がついた。
居のベッドで、美咲がもせずに画面を見つめていたことが痛いほど伝わってきた。
数分、い返信が届いた。
『病院に連れてってくれて、ありがとう。朝に、かかりつけ医ので流しましょう』
責める言葉も、堵の涙の絵文字もなかった。
けれど、そこには初めて、の『対等な保護者』として拓也を認める響きがあった。
しかし、夜けと共に、のにさらなる過酷な現実がちはだかることになる。
翌週、美咲の職から『復職初週における、関支社への泊の緊急研修および引き継ぎ張』の辞令がりた。
そして同じ、拓也の会社でも、社運を賭けた型コンペの最終プレゼンが組み込まれていた。
キャリアの命運と、娘の命。
がさなければならない本当の代償の選択が、目に迫っていた。