"父親欄の黒い斜線" 第6話
【06】 漏れた母乳と、めきった70度のミルク
「おい、美咲! 美咲ってば!」
背で響く拓也の叫び声を、私はい防音ドアの側で完全に遮断した。
エレベーターをり、え込むの空気を胸いっぱいに吸い込む。
胸がツンと張り、母乳が滲む覚があった。
母親としての本能が『引き返せ』と警鐘を鳴らす。
けれど、私は歩みを止めなかった。
ここで私がを貸せば、拓也にとって育児は永に『妻の伝い』の域をない。
自分がどれだけ無で、どれだけの活のに胡をかいていたのか、そのに刻ませる必があった。
その頃、リビングはくも戦と化していた。
「ぎゃああん、おぎゃあああ!」
陽菜の泣き声は、部の壁をビリビリと震わせるほど激しさを増していた。
拓也はおっかなびっくり陽菜を抱きげ、ぎこちなく揺すった。
「よしよし、パパがいるぞー……って、なんで泣き止まないんだよ!」
額に脂汗が滲む。
計はまだ夜の。朝のまで、あともある。
拓也はスマホを片に「児 泣き止まない」と検索した。
『お腹が空いている』という項目を見て、慌ててキッチンへる。
ミルクのスプーンをにとるが、をすり切り杯にする元が震えて、いがカウンターに散らばった。
「クソッ、何杯入れたか分からなくなった……!」
適当に調乳し、ポットの湯を注ぐ。
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哺乳瓶がすぎて素で持てず、シンクに落としてガシャンと音をてた。
流でまそうとするが、今度はやしすぎて完全にぬるくなってしまう。
乳首を陽菜のに突っ込むと、陽菜は吸った瞬に激しくむせ、真っ赤な顔をしてミルクを吐きした。
ゲホッという音と共に、拓也のお気に入りのワイシャツの胸元に、酸っぱい臭いのするい液体がぶちまけられる。
「うわっ! 汚ねえな、もう!」
わずからた暴言に、拓也自がハッとした。
だが、事態は休むもなく次の惨劇へ移する。
ブチブチ、と鈍い音がして、陽菜の背から異臭がち込めた。
「嘘だろ……うんちかよ……」
拓也はおそるおそる陽菜を寝かせ、オムツのテープを剥がした。
黄い便が、お尻から太ももまでべっとりと広がっている。
おしりふきを取りそうとするが、プラスチックのフタがうまくかず、何枚も連なっててきてに散乱した。
を片で持ちげようとすると、陽菜が暴れて拓也の首に便が付着する。
「ああもう! くなって言ってるだろ!」
半泣きになりながらしいオムツを当て、テープを留める。
しかし、拓也はらなかった。
オムツの内側にある体ギャザーを、指で側に引きさなければならないという基本ルールを。
ギャザーが内側に倒れ込んだままテープを留められたオムツは、ただの漏れやすい布切れに過ぎない。
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夜の。
ようやく陽菜が泣き疲れ、腕ので目を閉じた。
拓也の腰と腕は、鉛を詰められたように激痛を訴えていた。
息を殺し、忍びでベビーベッドへとづく。
毛布のに、ミリ単位の慎さで陽菜の体をろした。
腕をそっと抜く。
——成功したか?
拓也が堵の息を吐きかけた瞬。
陽菜の背にある『背スイッチ』が作した。
ビクッと両を広げ、次の瞬には「ぎゃあああ!」とサイレンのような絶叫が再される。
「なんでだよおおお!」
拓也はを抱えて畳に崩れ落ちた。
付が変わった夜。
拓也のスマートフォンが激しく振した。
画面には『母さん』の文字。
拓也は震える指で通話ボタンを押し、に当てた。
『拓也! あの女、本当に親戚にあんな恥をかかせて、どういうつもりなの!? 今すぐ実に連れてきなさい、私が説教して——』
「うるさい!!」
拓也はまれて初めて、実の母親に向かって声をげた。
「今それどころじゃないんだよ! 子どもが泣き止まないんだ! 話してくるな!」
通話を方に切り、スマホをソファに投げ捨てる。
その瞬、抱っこしていた陽菜のズボンの裾から、温かい触が拓也の太ももへと染みしてくるのが分かった。
オムツの脇から、量の尿が漏れしていた。
シーツも、陽菜の肌着も、拓也のズボンも、すべてがびしょ濡れだった。
計の針は、午を指していた。
夜は、まだ半分もけていなかった。