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"嫌なら出ていけと言った夫へ" 第8話

【08】「いくら払えば、あの板を取りげるんだ」

ガチャリ、とチェーンをかけたままドアをわずかにけると、隙から修の濁った瞳が覗いた。

「理恵、けろ。話がある」

鳴り声ではない。

だが、拒絶を許さない、かつての管理職特の威圧が滲んでいた。

私はをで制し、チェーンをしてドアをきくけた。

逃げる必など、微もなかったからだ。

「何の用かしら。のに無断で押し入るなんて、非常識よ」

修は私の言葉を無し、靴を脱ぎ散らかしてずかずかとリビングへがり込んできた。

部の隅でを縮める奈央の姿を瞥したが、声をかけることすらない。

彼はに持っていた分い茶封筒を、テーブルの央へ放りした。

バサッ、とい音が響く。

「これでを打て」

修は腕を組み、私を見ろした。

「を見ろ。の残証と、退職の定期預証だ」

私は封筒に触れもせず、たい線を向けた。

「これが何?」

「千万円入っている。おがにした実からのは、確か千百万だったはずだ。利息をつけて千万円、今すぐ現でおの座に振り込んでやる」

修は顎をしゃくり、さも寛な条件を提示したと言わんばかりの態度で言い放った。

「そのを受け取って、の登記名義を俺に変更しろ。そしての朝番で、あのふざけた売却板を取りげろ」

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リビングの空気が、凍りついた。

が呆れ果てたように息を呑み、奈央が目を見いている。

「……いくら払えば、あの板を取りげるんだ」

修は苛たしげに貧乏揺すりをしながら、言葉をねた。

「これで文句はないだろう。おの実がしたは全額返す。おにもまとまったが入る。俺はこのを買い取った形になり、世体も守られる。全員にとって番丸く収まる妥協案だ」

妥協案。

丸く収まる。

この男は、どこまでっても何も分かっていないのだ。

自分の非を認めることも、妻の尊厳を踏みにじったことに気づくこともなく、ただ「」で解決し、自分の絶対な支配権を買い戻そうとしている。

名義さえ自分のものになれば、法に私を「居候」に格げし、度と文句を言わせないようにできると、本気で信じ込んでいるのだ。

私は、テーブルのの封筒を指先つかさず、静かに見つめた。

「修さん。あなたは本当に、救いようがないわね」

「何だと……?」

「私が欲しいのは、おじゃないと言ったはずよ」

私は子からちがり、修の正面にった。

差はあるはずなのに、修の肩が瞬、微かに引いた。

「私が求めているのは、あなたがおで買った『』ので、あなたが誰かを方に追いす権利を永久に奪うことよ。千万円払って名義を買い取って、そのあとどうするつもり? また私や子どもたちに向かって、『ここは俺ので買った俺のだ、嫌ならていけ』と鳴るつもりでしょう?」

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「そ、それは……!」

「あなたがやろうとしているのは解決じゃない。おの力で、もう度独裁者の席に座り直そうとしているだけよ。そんな汚いお、円もいらないわ」

「理恵!!」

修のプライドが完全に決壊した。

顔を真っ赤にし、テーブルを両でバンと叩く。

「調子に乗るなよ! 俺がここまで譲歩してやってるんだぞ! 汗垂らして働いた俺が、なぜおにそこまで見されなきゃならんのだ! じゃあどうしろって言うんだ! 俺が座して『おのにまわせてください』とでも乞えって言うのか!?」

「そうよ」

私の即答に、修の喉が詰まった。

「対等になりなさいと言っているの。このは誰かのじゃない。族がきるための所よ。それができないなら、予定通りに売却するわ」

「ふざけるな……ふざけるなッ!」

修が激昂し、拳を振りげようとした、その瞬だった。

ピピッ、ピピッ、ピピッ――!

静まり返った部に、けたたましい子音が鳴り響いた。

テーブルのに置かれていた、奈央のスマートフォンだった。

画面には『夫』の文字。

奈央がおびえたように通話ボタンを押す。

スピーカーにしなくても、受話器から漏れる義息の声が、リビング全体に響き渡った。

『おい奈央! おの荷物、全部実のに宅急便で送りつけたからな!』

「え……? 嘘でしょ……?」

『おが勝に実に逃げ込んだんだろ! こっちのマンションの鍵はシリンダーごと替えたからな! 弁護士から別居と婚届を送るから、署名して送り返せ! 度と敷居を跨ぐな!』

ツーツーツーと、無な切断音が鳴る。

奈央のからスマートフォンが滑り落ち、に鈍い音をてて転がった。

血の気が完全に引いた顔で、奈央が震えている。

夫からの、完全な締めし。

子どもを抱えた女は、今夜、本当に帰るべき所を完全に失ったのだ。

私は、息を呑んでち尽くす修にゆっくりと線を戻した。

「……修さん」

私の声が、静かに落ちる。

「さあ、テストよ。あなたの娘が、本当にを失って放りされたわ」

修の目が泳ぎ、喉仏が激しくする。

「この子と孫を、あのに迎え入れる? それとも――また『俺のだから入れるな』と追いすの?」

修の顔に、言葉を失った純粋な狼狽と恐怖が浮かびがっていた。

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