"嫌なら出ていけと言った夫へ" 第5話
【05】 柱に残された、32分の背比べの傷
売却板がってから目の午。
私は産の担当者・野さんを連れて、実の玄関をけた。
リビングの写真撮と、取りの正確な採寸のためだ。
カチャリと鍵をけてに入ると、靴箱のに脱ぎ捨てられた靴が、無造作に転がっていた。
まで私が毎朝揃えていた空は、たった数で「入れを失った男の処」に変わり果てていた。
リビングの引き戸をけると、修がそこにいた。
ダイニングテーブルの端に腕を組み、仁王ちのように座っている。
テレビは消え、部のには淀んだ空気が充満していた。
「……何の真似だ」
修のい声がんでくる。
私には目をわせず、背につ野さんを射殺さんばかりに睨みつけていた。
「事の連絡通りよ。ネット掲載用の内写真の撮と、構造確認」
私が淡々と答えると、野さんは引きつった笑みを浮かべ、々とをげた。
「ご主様、失礼いたします。産の野でございます。本は分ほど、リビングと回りを拝見させていただきますので」
「勝にのテリトリーに入り込むな」
修は吐き捨て、元の湯呑みを乱暴に置いた。
だが、それ以の実力使にはない。
初に警察や弁護士に相談し、「単独名義である妻の売却続きを、夫が物理に妨害することはできない」
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と釘を刺されたからだろう。
悔しさに唇を噛みしめ、ただ威圧な線を投げつけることしかできない男の姿が、そこにあった。
「では、失礼して広角レンズで撮しますね」
野さんが慣れた様子で脚をて、リビングの央へみる。
ファインダーを覗き込みながら、独り言のように言った。
「当たりは抜群ですね。築ですが、基礎もしっかりしている。ただ、今の若い子育て世帯に売るなら――」
野さんは、リビングとの境目にある本の太い無垢材の柱を指差した。
「この柱、邪魔ですね。リフォームでこの通し柱を抜いて、との壁を取っ払ってしまえば、畳以の空LDKになります。その方が圧倒にく、く売れますよ」
「……柱を、抜く?」
私のから、乾いた声が漏れた。
が自然と、その柱のへと向かっていた。
が選りすぐった、頑丈なヒノキの柱。
その側面には、無数の黒い横線と、歪な数字が刻まれていた。
『 1 116cm』
『直 3 132cm』
『奈央 5才 108cm』
子どもたちがさかった頃、毎の誕に背を押し当て、私が鉛で印をつけ、修がカッターの刃で慎に刻み込んだ傷痕だった。
『痛っ、お父さん、にカッター当てないでよ!』
『くな直、線が曲がるだろう』
そんな笑い声が、昨のことのようにの奥で蘇る。
線を落とせば、その柱のすぐ脇に、なオーク材のダイニングテーブルがあった。
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、このを建てた、私のき両親が「使えるいいものを」と、汗垂らして貯めたおで贈ってくれた具だ。
子どもたちがフォークでつけた無数のさな窪み。
が受験勉のときにこぼした、消えないインクの染み。
ここにあるのは、産の資産価値などではない。
私が妻として、母として、こので息をしてきたそのものだった。
――これを、赤のに引き渡し、柱ごと々に削り取らせるのか?
胸の奥を、たい氷の刃で抉られたような痛みがった。
修の傲なをかす。
「ていけ」という侮辱に、最の制裁をす。
その目のためだけに、私は自分自の半までゴミ箱に放り込もうとしているのではないか。
指先がかすかに震え、私は柱の傷をそっとなぞった。
「……おい」
背から、く笑する声が響いた。
修だった。
彼はちがり、私の背に向かって、嘲るように吐き捨てた。
「何を未練がましく撫で回しているんだ? 売り払うと決めたのはおだろう」
「……修さん」
「のでぶち壊されるのが嫌なら、今すぐ座して板をろせ。そうすれば、あの柱も、そのテーブルも、元のまま残してやるぞ」
修の瞳の奥に、かつての支配欲がギラリとった。
私の揺を見透かし、ここぞとばかりに主導権を奪い返そうとする男の顔。
その浅ましい計算さを見た瞬――
胸を刺していた痛みが、急速に凍りつき、徹な覚悟へと変わっていった。
「いいえ」
私は柱から静かにをし、野さんに向き直った。
「柱の件、買主さんの自由にしていただいて結構です。しっかりと査定に盛り込んでください」
修の顔から、瞬で笑みが消え失せた。