"嫌なら出ていけと言った夫へ" 第1話
【01】「嫌なら、おがていけばいい」
「嫌なら、おがていけばいい」
その言葉が夫のから放たれた瞬、リビングの空気がわずかに軋んだ。
鳴り声ですらない。
数の会社員活で培った、部をたく切り捨てるの、く乾いた声だった。
元には、女の奈央から届いたばかりのメッセージを表示したままのスマートフォンが落ちている。
画面には『夫と喧嘩した。今夜、子どもを連れて2だけ泊まってもいい?』という文字。
「……奈央は、あなたにとっても娘でしょう」
私が拾いげずに言うと、修はテレビから線をそうともしなかった。
元のリモコンでプロ野球継の音量をつげ、横顔のまま吐き捨てる。
「娘だろうが関係ない。ここは俺のだ。誰を泊めるか、誰を入れるかは、主である俺が決める」
「2晩だけよ。し落ち着くまで――」
「甘やかすなと言っている。嫁いだが実に逃げ込んでくるなどみっともない。それに、俺は先定退職したばかりだ。ようやくに入れた静かなを、の都で邪魔されたくはない」
の都。
修にとって、自分の血を分けた娘も、孫も、定のを脅かす「部者」に過ぎないらしかった。
「……私の都でもあるわ」
そうにした瞬、修が初めてこちらを向いた。
定を迎えて髪が増えたものの、骨張った顎と細い目には、かつて企業で部を務めていた頃の傲さがそのまま張り付いている。
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「おの都?」
修の元が、馬鹿にしたように歪んだ。
「理恵、勘違いするなよ。このの壁枚、庭の敷つ取っても、俺が何もでをすすって稼いだで買ったものだ」
「……」
「おは事をして、飯を作っていればよかった。だが、このの主が誰なのかを忘れるな」
修はゆっくりとちがり、えた麦茶のグラスを指先で弾いた。
カツン、とい音が鳴る。
「居が悪いなら、おがていけばいい。誰の庇護ので暮らしているのか、しをやしていせ」
から、修はずっとそう言ってきた。
子どもたちがさかった頃、リビングの柱に背比べの傷をつけようとしたも。
「俺のに傷をつけるな」と鳴った。
娘たちが独し、空いたを私の趣の裁縫部にしたいと言ったも。
「俺の許なく取りを変えるな」と蹴した。
私は度も言い返さなかった。
彼がで族のために戦ってきたことも、毎の料をきちんと庭に入れていたことも事実だったからだ。
夫婦とは、そういう役割分担のうえに成りつものだとい込もうとしていた。
だが、今夜の「ていけばいい」は違った。
りに任せた暴言ではない。
定を迎え、社会位を失った男が、庭という最の王国で絶対君主であり続けるために放った、酷な宣告だった。
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私は何も言わなかった。
涙もなかった。
ただ、胸の奥で張り詰めていた本の細い糸が、音もなくぷつりと切れたのをじただけだった。
「……分かったわ」
私は静かにをげ、寝へ向かった。
修はを鳴らし、再びテレビに目を戻した。
どうせ女ののにでもって、、愚痴をこぼして泣きついてくる。
そうを括っている背だった。
寝に入った私は、クローゼットの奥から内持ち込みサイズのさなスーツケースを取りした。
詰めたのは、着替えが着、実印、通帳。
そして、婚礼ダンスの引きしの最部に眠っていた、冊の茶い革張りのファイル。
荷造りは、わずか分で終わった。
リビングに戻ると、修はビールを喉に流し込んでいた。
私のにあるスーツケースを見ても、じる気配すらない。
「のところか。あいつにも言っておけよ。親父の嫌を損ねるような真似はするなとな」
私は靴を履き、玄関のドアノブにをかけた。
「鍵は、ポストに入れておくわね」
「好きにしろ。精々、自分のをいって帰ってくるんだな」
い鉄の扉が閉まる音が、静まり返った夜の宅に響いた。
最寄り駅までの坂をりながら、私はスマートフォンを取りし、画面をタップした。
話帳からいたのは、娘たちの連絡先ではない。
週、ポストに投函されていた元の産仲介業者のチラシ。
そこに記載されていた、対応の査定受付フォームだった。
私は送信ボタンを押した。
指先は、驚くほど震えていなかった。