"金曜日の証言まであと三日" 第4話
玄関先での懇願
理恵のをてから、私の勤める産会社のデスクにいても、仕事などもに入らなかった。
パソコンのモニターに表示された契約の文字が、ただの黒いシミに見える。
正さんは警察署で本格な取り調べを受けているはずだった。事故を起こし、現から逃した被疑者。初犯で怪の容態が定していれば、即座に実刑とはならないにしても、勤めている堅の品メーカーを懲戒解雇される能性は極めてい。
正さんは真面目筋の男だった。営業畑で以、理恵とのに子供ができなかった分、で慎ましく暮らすためのさなマンションのローンを、こつこつと繰りげ返済していた。
そんな男が、妻の罪を被るために自分のを丸ごと差しそうとしている。
夕方、定と同に会社をて自宅のマンションに戻ると、エントランスの植え込みのに、見慣れたスーツ姿の男がっていた。
正さんだった。
ネクタイは緩められ、ワイシャツの第ボタンがれている。警察での事聴取を度終え、私物の確認か何かでに帰宅を許されたのだろう。彼の元には、数本の吸い殻が落ちていた。正さんはに禁煙していたはずだった。
「……正さん」
私が声をかけると、彼はビクッと肩を震わせ、疲弊しきった顔をげた。
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目のには濃い隈が張り付いている。
「織さん。待たせてすまない」
「どうしてここにいるんですか。元引受は? 警察はもう疑っていないんですか」
「弁護士がに入って、今のところは帰宅を許された。からまた本格な実況見分だ」
正さんは自ドアのからしれた、階段の踊りのへと私を促した。民の目を気にしているのが痛いほど伝わってきた。
「織さん、理恵から聞いたよ。にったんだってね」
「きました。理恵を説得しようとしました。でも、あの子は何も話してくれませんでした」
私は正さんの目をまっすぐに見つめた。逃げを与えないように。
「正さん、もう度聞きます。どうしてあなたが罪を被るんですか。理恵を守るため? 夫としてのですか? そんなの美談でも何でもない。ただの偽証罪だし、犯隠避です」
正さんはく息を吐き、両で顔を覆った。指の隙から、掠れた声が漏れす。
「なんて、そんな綺麗なもんじゃないよ」
「じゃあ何なんですか」
「計算だよ」
彼は顔をげた。その瞳には、絶望な諦めと、奇妙にえ切った理性が同居していた。
「俺が運転していたことにすれば、失うのは俺の仕事と、の社会信用だけで済む。退職はないかもしれないが、マンションを売れば賠償は払える。
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俺で、すべてを買い取れるんだ」
「買い取るって、何を?」
「理恵が抱えているものだよ」
正さんは階段のすりに力なくもたれかかった。
「もし理恵が本当のことを警察に話したら……あの夜、あいつがどうしてあの所にいたのか、誰と会っていたのかを全部調べることになる。そうなったら、理恵だけじゃない。君の庭も、俺の庭も、全部がっ端微になるんだ」
臓が、ドクンとねがった。
「私の庭?」
聞き捨てならない言葉だった。
「どうしてそこに私の名がてくるんですか。理恵が誰と会っていようと、私の活が壊れる筋いなんてないでしょう」
「織さん」
正さんの声が、ひどく湿り気を帯びた。
「理恵はね、君を裏切ったんじゃない。あいつはずっと、君を守ろうとしていたんだ。君がに捨てたものを、あいつはずっとで……」
正さんはそこまで言って、ハッと息を呑み、自らを噤んだ。
「捨てたもの……?」
私の脳裏に、たい針が突き刺さるような覚がった。
。私がので、最もい決断をした。
まさか、そんなはずはない。あの件は、私と、あの男のだけで完全に終わったはずだ。理恵には関係がない。関係があるはずがない。
「正さん、今なんて言ったの。理恵が何を——」
「これ以は言えない」
正さんは私の追及を振り払うように、くをげた。
々と、面にが着くほどに腰を折った。
「頼む、織さん。警察が君のところに話を聞きに来るかもしれない。あの、俺が君のにいたかどうか確認されるはずだ。そのは……『来ていない』と言ってくれ。あるいは『は覚えていない』と濁してくれ」
「そんな嘘、つけるわけないでしょう!」
「俺のためじゃない! 理恵のためでもない! 君自ののために、頼んでいるんだ!」
正さんは顔をげると、度も私の目を見ないまま、背を向けてで夜ののへと歩きっていった。
取り残された私は、踊りのたいコンクリートのでち尽くしていた。
「君がに捨てたもの」
正さんの残した言葉が、の奥で気な警報のように反響し続けていた。