"金曜日の証言まであと三日" 第3話
く掴まれた首
浦の玄関ドアベルを鳴らすと、何かが引きずられるような頼りない音がづいてきた。
鍵がく音がして、ドアがわずかにく。
隙から現れた理恵の顔を見て、私は息を呑んだ。
化粧気のない顔は気で、唇には血の気がまったくなかった。術の貧血もなっているのだろうが、それ以に、彼女の目には追いつめられた獣のような異様なが宿っていた。
「……織」
「理恵。入るわよ」
私が靴を脱いで廊に踏み込もうとすると、理恵は抵抗もせずに体を横に避けた。
リビングは戸が閉め切られ、昼だというのに暗かった。テーブルのには、みかけのペットボトルのと、警察から渡されたとおぼしき類の入った茶封筒が無造作に置かれている。
「さっき、正さんと話した」
私はったまま、理恵の背に向かって切りした。
理恵の肩が、さくねた。
「正さんが警察にって、自分が運転していたって自首したそうね。どうしてそんなことさせたの」
理恵は振り返らない。台所の流し台にをつき、細い背を丸めている。
「昨の夜、からまで、正さんは私のにいたのよ。理恵、あなたもっているでしょう? 私のところに荷物を取りにくって、正さん言っていたじゃない」
「……うん」
蚊の鳴くような声だった。
広告
「っていたなら、どうして止めなかったの? 事故が起きたに、正さんは私の目のでコーヒーをんでいた。絶対にを運転できるはずがないの。そんな嘘、警察が本気で調べたらすぐにバレるわ。それとも何? 正さんを科者にする気なの?」
私の言葉には、隠しようのないりが混ざっていた。
正さんの為は愚かだが、それを夫にやらせている理恵の神経が信じられなかった。私のっている浦理恵という女性は、もっと誠実で、に迷惑をかけることを極端に嫌うだったはずだ。
「いまから私が警察にって、昨夜の正さんのを全部話す」
私がスマートフォンを取りそうとした、そのだった。
「やめて!」
振り返った理恵が、信じられないほどの速さで詰め寄ってきた。
バチン、と肌が擦れる鋭い音がリビングに響いた。
理恵の両が、私のの首を掴んでいた。
術でっているはずの体の、どこにそんな力があるのかとうほど、骨が軋むようなさだった。い爪が私の皮膚にい込み、痛みがる。
「痛い……理恵、して」
「言わないで」
理恵の顔が、私の先にあった。見かれた瞳の奥に、涙と、それ以のい恐怖が渦巻いている。
「お願いだから、織。昨の夜、正があんたのにっていたこと、警察には絶対に言わないで」
広告
「何を言ってるの? 言わなかったら、正さんが犯にされるのよ」
「それでいいの!」
理恵は叫んだ。喉を引き裂くような声だった。
「正が、自分でそう決めたの。事故を起こしたのは正だってことで、警察も納得しかけてる。あんたが余計なことを言わなければ、正の略式起訴か、執猶予で済むかもしれないって弁護士も言ってるの!」
「余計なこと?」
私は寒気を覚えた。、度も聞いたことのない言葉だった。
「無実のを助けようとすることが、余計なことなの? 理恵、あなたが運転していたんでしょう? あなたがを撥ねて、怖くなって逃げたんでしょう? だったら、どうして自分で名乗りないの!」
理恵の呼吸が荒くなる。首を握る彼女の指が、刻みに震えていた。
「……言えない」
「どうして」
「言ったら、全部終わるからよ」
理恵の瞳から、粒の涙がぼろぼろと零れ落ち、私のの甲に落ちた。それは驚くほどかった。
「正が運転していたことにしなきゃいけないの。あの、あの所に、私がいたこと自体が公になったら……私だけじゃない、正も、のたちも、全員がめちゃくちゃになるの」
「のって、誰よ」
理恵は唇をく噛みしめ、それ以は何も言わなかった。ただ首を横に振り、私の首を掴んだまま、に崩れ落ちるように膝をついた。
「頼むから、織。の友達だとって、見逃して。私の言う通りにして。あの、正はあんたのになんてかなかった。そう警察に言って……」
に額を擦り付けるようにして懇願する親友の姿を、私は見ろしていた。
首に残った赤い爪の跡が、ジンジンと痛んでいた。
私がっている理恵は、もうそこにはいなかった。彼女は夫を盾にして、何か途方もないものを守ろうとしている。そしてそのために、私に偽証の片棒を担げと求しているのだ。
私は掴まれていたをゆっくりと引き抜いた。
「……できないわ」
乾いた声がた。
「私は、正さんが嘘で捕まるのを見過ごすことなんてできない」
背で理恵が泣き崩れる声を置きりにして、私は浦の玄関をた。のぬるいが、照った頬を撫でていった。