"四年間、他人の父親" 第16話
赤線で消された名
「陸……! 陸は……!?」
織は廊にへたり込み、胸を押さえて荒い息を吐いていた。
ウインドブレーカーの袖はとで汚れ、首には警察署での取り調べを受けた痕跡のような、赤く擦れた跡が残っていた。
川が駆け寄り、その肩を支えた。「織さん! られたのか!?」
「疑いが……れました……本物の犯が見つかって……私、すぐにタクシーを拾って……」
織は血った目で周囲を見回し、閉ざされた面談の扉に気づくと、狂ったようにちがってドアノブにをかけようとした。
「私が……私が入らなきゃ! 先にをげて、全部私のせいだって言わないと……陸の推薦が……!」
「待って」
私は織の首を掴んだ。
く、しかし静かに押し留める。
「田さん……? してください! あの子が……あの子がでにいるんです!」
「見なさい、織さん」
私は織の体を抱き寄せるようにして、面谈のガラス窓の方へ向けた。
部のでは、陸が振り振りを交えながら、の教員に向かって言葉を紡いでいた。
声は聞こえない。だが、教の元にある分い内申を指差し、それから自分のきのノートを広げ、線を度も落とすことなく語り続けているのが分かった。
最初は淡だった教の表が、徐々に険しさを失い、真剣にの顔を見つめるものへと変わっていく。
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担任の川は、鏡の奥の目を瞬かせながら、陸の言葉を言も漏らすまいと元のメモ帳にペンをらせていた。
隣の保護者席のパイプ子は、空席のままだった。
だが、その空が、今の陸には何のみにもなっていなかった。むしろ、誰も座っていないその空席こそが、このが背負ってきた現実のみと、自力でき抜こうとする覚悟を、何よりも雄弁に物語っていた。
織の頬を、粒の涙が次から次へと滑り落ちた。
彼女は元を両で覆い、声を殺して泣き崩れた。それは悔の涙ではなく、自分が守り、抱え込み、嘘で塗り固めてきた子どもが、いつのにか自分よりも遥かにく、自らので歩きしていたことをった母親の涙だった。
面談は分くに及んだ。
やがてガラリと引き戸がき、川を先に、陸がてきた。
陸の額にはびっしりと汗が浮かんでいたが、その顔には、先ほどまでの刺々しい警戒は微も残っていなかった。やり切った者だけが持つ、れやかな疲労が漂っていた。
教の岡部が、廊につ織を瞥し、それから私と川を順番に見渡した。
「……浅野さん。警察からの事説の話は、先ほど教務に入りました」
教の声は、依然として厳格だったが、底にあった敵は消えていた。
「過にわたり、除籍された方を保護者として虚偽記載していた事実は、公学の指導順としてな違法為であり、過できるものではありません。
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この件については、学から厳注および始末の提を求めます」
織が々とをげた。「申し訳ありませんでした……」
「しかし」
教は元のファイルを閉じた。
「浅野陸くん本の学業成績、者面談における本の将来に対する確な志、そして何より、庭環境の困難に対して自してち向かおうとする姿勢を、学推薦委員会として総に再評価いたしました」
教は織に向かって、枚の用を差しした。
「織さん。今すぐここに、正当な保護者として署名と捺印をってください。あなたの名で、教委へ最終推薦類を発送します」
織の震える指が、ペンを受け取った。
その景を、私は歩引いた所から静かに見守っていた。
やがて教員たちが職員へ戻り、廊には私たちだけが残された。
私はバッグの底から、あのい封筒を取りした。
すべての始まりとなった、若葉学からの者面談程確認。
表面の保護者欄には、教のによって、太い本の赤い油性ペンで線が引かれていた。
『保護者氏名:田 浩』
その横に、訂正印とともにしくき込まれた文字。
『浅野 織』
浩の名は、完全に消されていた。
夫が、密かに守り続けてきた偽りの居所は、これですべて片付いたのだ。
私はそのプリントを、つに折った。