"四年間、他人の父親" 第7話
夜の救急来
織はめきったコーヒーを見つめたまま、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「の、のことでした」
は記録なの夜だったという。元夫が失踪して半、織は昼の清掃と夜のファミレスの皿洗いを掛け持ちし、眠で働いていた。
その夜、当歳だった陸が、度を超えるをし、激しい喘息発作を起こして呼吸困難に陥った。
「救急を呼びました。でも、受け入れ先の病院が見つからなくて、分以も内で待たされて……ようやく隣町の総病院の夜救急に滑り込んだんです」
病院の受付で、事務員から矢継ぎに類を突きつけられた。保険証の確認、同、そして保証の記入。
当の織は、婚届が受理されたばかりで保険証の切り替えが滞っており、元にあったのは資格証だけだった。病院側は未払いを警戒し、入院預託としてそので万円を求した。
「財布には、千円しか入っていませんでした。親族の連絡先をけと言われても、私には頼れる寄りなんていなくて……受付ので、陸を抱いたまま、泣き崩れるしかありませんでした」
そこに居わせたのが、浩だった。
浩は取引先からの帰、でスリップ事故を起こしたトラックの同乗者として、軽い打撲の検査のためにその救急来の待に座っていたのだという。
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「田さんが、突然受付の窓に割って入ってこられたんです。『私が払います』って、ご自分の財布から万円札を枚して。それだけじゃありませんでした。病院の事務員が『あなたはどういうご関係ですか』と詰問した、田さんは瞬も迷わずに仰ったんです」
織の唇が、さく震えた。
「『父親です』って。そのにあった入院誓約の保護者欄に、ご自分の名と所をスラスラとおきになりました」
浩のそのしのぎの嘘のおかげで、陸は即座に児科の処置へ運ばれ、点滴を受けて命を取り留めた。
翌朝、織が必で面した万円を返そうとした、浩は穏やかに笑って受け取り、「坊主が無事でよかった」とだけ言ったという。
「そこで終わるはずでした」
織は伏せていた顔をげた。その目には、自己嫌悪と痛切な悔が滲んでいた。
「でも、終わらなかった。学の緊急連絡カードに、あの夜の田さんの連絡先がそのまま残ってしまったんです。学という所は……父親がいない庭に対して、信じられないほど無神経な確認を何度もしてきます。『本当に母子庭ですか』『お父様からの養育費の取り決めはどうなっていますか』『何かあった、すぐに駆けつけられるの男性はいませんか』って」
学期の面談のたび、織はを縮こまらせていた。
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それを偶然、駅で織と再会した浩がった。
『学がうるさいなら、俺の名のままでいいよ』
浩はそう言って、自宅の話番号と所を類にくことを許したのだという。
「私は……甘えてしまったんです」
織の目から、筋の涙が頬を伝って落ちた。
「父親の欄にきちんとした名があるだけで、学の先たちの態度が劇に変わりました。『母子庭だから庭環境に問題があるんじゃないか』という鏡で見られなくなった。陸も、同級から『おの父ちゃん、逃げたんだろ』と囃してられなくなった。私は……その便利さにすがってしまったんです。田さんのごに甘えて、嘘の父親を買い続けたんです」
喫茶の空気が、く沈み込んだ。
浩のの輪郭が、しずつ見えてきた。それは欲でも、秘密の庭ごっこでもない。ただ、目ので溺れかけている母子を見捨てられず、自分にとって痛くも痒くもない『名』を貸しした――あのらしい、どこまでも善良で、無責任な優しさだった。
だが、私の胸の奥で、鉛のようなりが疼いた。
「便利だったから……?」
私の声は、く乾いていた。
「あなたたちにとっては、便利な盾だったかもしれない。でも、その嘘を守るために、浩がどれだけ私に嘘をねてきたか、あなたに分かりますか? 運会も、授業参観も、面談も……浩は私に『仕事だ』『友達の伝いだ』と嘘をついてかけていたのよ!」
織は肩を震わせ、ただ々とをげた。
「申し訳ありませんでした……本当に、どんなに謝っても許されることではないと分かっています」
「謝られても困るわ!」
私はテーブルを叩きそうになるを、太ももので必に握りしめた。
「浩はもういないのよ。になしよ。私がどんなに問い詰めたくても、あのはもう度と答えてくれないの!」
静まり返った喫茶に、器の触れう音だけが響いた。
織はゆっくりと顔をげた。その瞳は赤く充血していたが、底には逃れられない現実を見据えるたい覚悟が宿っていた。
「田さん。このお話は、すべて私の責任です。田浩さんは、ただ困っていた私たちを助けてくれただけです。だから……」
織はバッグの紐をく握りしめた。
「、学へってすべてを話します。これまで田浩さんの名を正に騙っていたこと、すべて私の独断だったとに伝えます。それで陸がどんな処分を受けても、推薦を取り消されても、受け入れます」