みかん小説
本棚

"四年間、他人の父親" 第6話

千百円の領収

翌の夕方、私は川から聞きした所のくにある、境町の古びたスーパーマーケットの裏にいた。

配送用のトラックが横付けされ、青果の段ボールが積みげられた搬入の脇で、従業員用の通用がくのを待った。

午分。スライド式のアルミ扉がき、数のパート女性がてきた。

そのに、ひときわ柄で、褪せたウインドブレーカーを羽織った女性がいた。浅野織、歳。浅野陸の母親だった。

結いげた髪のれ毛が首筋に張り付き、にはドラッグストアの特売品らしきトイレットペーパーの袋を提げている。化粧の気配はなく、目のには濃い隈が刻まれていた。美しく着飾ったなどという像とは、あまりにもかけれた、活のみにすり減らされたの女性の姿だった。

私は数歩歩み寄り、彼女の方向を塞いだ。

「浅野織さんですね」

織はを止め、怪訝そうに眉を寄せた。

「……はい、そうですが。どちら様ですか」

「田浩の妻です」

その名をにした途端、織の肩がピクリとねがった。提げていたトイレットペーパーのビニールが、ガサリと音をてる。

だが、彼女は逃げそうとも、取り乱そうともしなかった。ただ、く、い諦めを含んだ息を元に吐きした。

広告

「……いつか、来られるとっていました」

駅の古びた喫茶に入った。夕方の内にはに客もおらず、音のジャズだけが申し訳程度に流れていた。

運ばれてきたつのアメリカンコーヒーには、どちらもがつけられなかった。

「単刀直入にお聞きします」

私はテーブルを挟んで、織の乾いた目を見据えた。

「夫と、どういうご関係だったのですか。陸くんの本当の父親は誰ですか」

織は両を膝ので固く握りしめていた。爪の先はく切り揃えられ、洗剤荒れで赤くひび割れていた。

「陸の父親は、元夫です。陸が学にがる直、借を残して姿を消しました。それ以来、度も会っていませんし、居所も分かりません」

「では、なぜ浩が?」

私の声に咎めるような鋭さが混ざった。

「夫は、浮気つしたことのないでした。その夫が、なぜ赤のの庭にも入り込み、父親のふりをしていたんですか。おですか? 浩から銭な援助を受けていたんですか?」

織の瞳に、かすかな痛痒がった。

彼女は返事をする代わりに、元に置いていた擦り切れた布のトートバッグのファスナーをけた。から取りされたのは、百円ショップで売られているような、使い古されたB6サイズのきの銭納帳だった。

織はそのノートを、私の方へ静かに押しした。

広告

「けてみてください」

表をめくると、几帳面だがし震えた文字で、付と額、そして費目がびっしりとき込まれていた。

『 学期教材費替分 千百円 返済済』

『 体操着・ゼッケン代 千百円 返済済』

『 修学旅積分 万千円 返済済』

すべての項目の横に、さな受領印が押されていた。

『田』。

夫がいつも鞄に入れていた、百均の認印の印だった。

「円も、田さんから恵んでもらったことはありません」

織の声はく、しかし驚くほど平坦だった。

「陸の学の集は、々どうしても料ににわないことがありました。そんな、田さんがにて替えてくださることはありました。でも、翌のには、利息はつけられませんでしたが、必ず全額お返ししてサインをもらっていました」

「なら……なおさら分からないわ」

私はノートを押し返した。の端が、私の指先でさく折れた。

「関係でもなく、銭を貢がせていたわけでもないなら、浩は何のためにそんなことをしていたの? あなたにとって、夫は何だったの?」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: