"誰も売るなと育てた父" 第14話
言い訳を捨てる瞬
父が久美の歩でを止めた。
宴会のざわめきは完全に消えっていた。くのテーブルでフォークが皿に触れるい音だけが、気なほど瞭に響く。
黒田は持ち無汰にビール瓶を持ったまま、苦々しい表でち尽くしていた。野も内も、息を呑んで父の背を見つめている。
久美は布バッグを胸のに抱えたまま、微だにしなかった。く刻まれた目尻の奥にある瞳は、話で聞いたあの声と同じように、たく澄み切っていた。
父は度、固く目を閉じた。
そして、肺の底にある空気をすべて吐きすようにく息を吸い込むと、何の触れもなく、そのでくをげた。
直角に折れ曲がった腰。指先をピンと伸ばし、スラックスの縫い目に沿わせた、完璧な度の礼だった。
「……川」
静まり返ったフロアに、父の掠れた、しかし震えのない声が落ちた。
「のこと……本当に、すまなかった」
周囲の同級たちのから、さなどよめきが漏れた。「おい、何もそこまで」「昔の話だろ」と、気まずさに耐えかねた誰かがをもごもごさせた。
だが、父はをげたまま、言葉を止めなかった。
「俺は……あの頃、黒田たちに毎いじめられていた。履きを隠され、体育倉庫に閉じ込められ、毎学にくのがぬほど怖かった」
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野が顔を歪めた。「やっぱり自分の被害者アピールか」と言わんばかりの笑が、その元に浮かびかけた。
父はゆっくりと体を起こした。
その顔には、昨夜自宅ので見せたような、涙やでぐしゃぐしゃになった醜い防のはなかった。
父は久美の目をまっすぐに見据え、自分がにわたってので反芻し、磨きげてきた唯の「免罪符」を、自らので々に叩き割った。
「……だがな、川。それは、おを売っていい理由にはならない」
会の空気が、さらに段、え込んだ。
「俺は、自分が助かりたいだった。おが誰にも言えないと言って打ちけてくれた秘密を、黒田たちの輪に入るための入券として差しした。おの尊厳を贄にして、自分の全を買い取ったんだ」
父の拳が、くなるほどく握りしめられた。
「あのから今まで、俺は『あいつも庭の事で辞めたんだ』『俺のせいじゃない』と、自分に都のいい言い訳を並べてきてきた。おに謝る勇気もなく、あの駅のフェンスにしがみついたまま、逃げ続けていた。……俺はくて、卑怯なだった。本当に、申し訳ありませんでした」
再び、父は々とをげた。
言い訳の余を切残さない、完璧な断罪だった。
のせいにせず、過の環境のせいにせず、自分が犯した醜悪な裏切りを、そのままの輪郭で差しした父の姿に、を挟めるは会内に誰としていなかった。
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かつて声で囃してていた取り巻き連も、ただ居悪そうに線を泳がせるしかなかった。
久美は、をげ続ける父のい頂部を、じっと見つめていた。
数秒、あるいは数秒の沈黙が流れた。
やがて、久美はテーブルのに置かれていた自分のウーロン茶のグラスにを伸ばし、だけ喉を潤した。氷の入っていない、ぬるい液体をみ干す喉仏が、さくく。
グラスをことりと静かに置いた久美は、の読めない声で、ぽつりと言った。
「君」
父がゆっくりと顔をげた。
「私はね、あなたのその謝罪を、待っていたわけじゃないのよ」
父の肩が、びくりとねた。
久美の顔には、りも、そして涙もなかった。ただ、のを耐え抜いてきただけが持つ、岩のように頑丈で、徹な静寂があった。
「くらいにね、もう待つのをやめたのよ」