"誰も売るなと育てた父" 第13話
目の宴席
宿の層ホテルの片隅に建つ、やや季の入ったシティホテルの寄せにを滑り込ませた。
計の針は午分を指していた。
「着いたよ、父さん」
助席の父は、膝のに置いた両をゆっくりと解いた。仕てろしの濃紺のスーツに皺ひとつない。父はフロントガラスの向こう、黄にライトアップされたホテルのエントランスをじっと見つめた、乾いた唇をわずかにかした。
「……待ってなくていいぞ。で帰る」
「の駐にいるよ。何に終わってもいいから」
父はそれ以何も言わず、ドアをけてりた。背筋を無理やり伸ばしたその歩き方は、どこかぎこちなく、これから点検に向かう巨ボイラーの鉄扉をけるよりも張って見えた。
階の駐にをめ、エンジンを切った、助席のドアポケットに黒い革の鏡ケースが残されているのに気づいた。老鏡だった。父が類の細かい文字を読むに欠かせないものだ。会費の支払いや名札の確認で困るはずだった。
私は鏡ケースを掴み、エレベーターに乗り込んだ。階の宴会「鳥の」。
エレベーターの扉がくと、むせ返るようなの匂いと、アルコールの混じった騒々しいざわめきが廊まで漏れ聞こえていた。
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宴会のい両き扉は半分ほど放されており、受付のテーブルには「県第期」の板がてられていた。私は受付の邪魔にならないよう、廊の太い円柱のにを寄せ、の様子を窺った。
会内には、円卓がつ並んでいた。
という歳は残酷だった。かつて教を支配していたであろうたちも、今や髪がくなり、腹のた初老の男たちになっている。価そうなジャケットを着た男が、痛の薬の話や、孫の学受験の話で声をあげて笑っていた。
その喧騒からくれた、壁際の丸テーブルの端に、父はでっていた。
にウーロン茶のグラスを持ち、誰とも線をわせず、ただ点を見つめている。
「おい、じゃないか!」
数の男が、グラスを片に父の元へ歩み寄った。昨ファミレスで私に事実を突きつけてきた野と、話で警告してきた内だった。の表には、父に対する親しみなど微もなく、隠しきれない緊張と気まずさが張り付いていた。
「本当に来たのかよ」
野が声をくして言った。周囲の歓談を気にしながら、父を詰問するように顔を寄せる。
「川が来るってってただろ。何しに来たんだ」
父はグラスを握るに力を込めただけで、答えなかった。
そのだった。
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宴会の入りで、受付の案内係がさく声をげた。
「――川様ですね。組のテーブルは、あちらの奥になります」
会内のざわめきが、まるで潮が引くように、入り付からしずつ途切れていった。
現れたのは、グレーのなニットアンサンブルにを包み、布製の提げバッグを抱えた柄な女性だった。
川久美。
化粧気のない顔にはく刻まれた皺があり、クリーニングでののち仕事を物語るように、指の関節が太く節くれっていた。華やかなドレスやブランド物のスーツで着飾った同級たちので、彼女の佇まいはあまりに質素で、あまりに異質だった。
父の全が、凍りついたように直した。
の距は、わずかメートルほどだった。
ぶりの再会。
だが、な声ががることはなかった。周囲の同級たちは、の教の空気を瞬でいしたかのように、気悪い沈黙を保ちながら、巻きにを観察していた。
その苦しい空気を破ったのは、座のテーブルから歩みてきた、ひときわ恰幅のいい男だった。
「おお、川! よく来たな!」
かつて教の頂点に君臨していた男――黒田だった。私病院の理事を継いだというその男は、真っ赤な顔でビール瓶を掲げ、父と久美のに割って入った。
「もいるじゃないか! おいおい、とも昔はよく緒に掃除してたよな! 周だ、昔のガキの頃のことは全部に流して、杯やろうぜ!」
っぺらな配慮だった。自分たちが過に仕掛けた残酷なゲームの責任を、「若気の至り」という便利な言葉で塗り潰そうとする、傲な仲裁だった。
黒田が父のグラスにビールを注ごうと瓶を傾けた瞬、父は静かに、しかし確な力で、その瓶の先をで押し戻した。
「黒田、どいてくれ」
父の声は、く、濁りのない響きを持っていた。
父は黒田の顔を瞥もすることなく、その横を通り過ぎ、久美のへとまっすぐに歩みた。