"誰も売るなと育てた父" 第8話
体育倉庫の京錠
静まり返った畳のに、私の声が張り詰めた。
父はネクタイを握りしめたまま、微だにしなかった。髪の混じったをく垂れ、その肩はさく、頼りなく震えている。
「答えろよ!」
私は畳を歩踏みしめた。
「久美さんの母親の借を、黒田たちに売ったんだろ? 仲に入れてもらうために、たったの方だった久美さんを差ししたんだろ! 言えよ、父さん!」
その瞬、父がね起きるようにちがった。
から滑り落ちたネクタイが、畳のに力なく転がる。
「おに何がわかる!」
裂帛の気迫だった。、度として息子に向けたことのない、獣のような叫びが父の喉から迸った。
父は自分のシャツのボタンを、引きちぎるような勢いで乱暴にした。襟元がき、わになった父の痩せた胸板、そのの肋骨のあたりに、く盛りがった本の古い線状の傷痕が刻まれていた。
「見ろ!」
父は自らの胸を激しく叩いた。骨が軋むような鈍い音が響く。
「おはな、毎毎、靴箱をけるのが怖くてが震えたことがあるか!? 体育館の裏に呼びされて、座させられて、からをかけられたことがあるか!? 俺はあるんだよ! の、零の体育倉庫に閉じ込められて、から京錠をかけられて、暗のでガタガタ震えながら朝まで過ごしたことがあるんだ!」
広告
父の目から、粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
顔を歪ませ、をすすりながら、父は激しい息ので言葉を吐き散らした。
「おは俺が育てた! いじめられたら学を休ませてやったし、話も聞いてやった! だが俺の代にそんな親はいなかった! の親父に言えば『殴り返してこい』と鳴られるだけだった! 逃げなんてどこにもなかったんだよ! 教に入れば全員が俺を汚いものを見る目で見ていた! あいつらの輪のに、ほんのしでも、として扱ってもらえる隙が見えた……俺のは勝にいてたんだよ!」
「だからって……!」
「言わなきゃ俺が殺されてたんだ!」
父はを踏み鳴らし、絶叫した。
「あのままじゃ俺が壊れてたんだよ! 俺が言わなくたって、あいつの親は借で逃げた! あいつがを辞めたのは俺のせいじゃない! 庭の事だ! 俺がを狂わせたんじゃない!」
言い訳だった。
醜く、れで、だが紛れもなく、極限状態に置かれた歳のが選択してしまった、逃れようのない現実の保だった。
父は膝から崩れ落ちるように座布団のに倒れ込み、両で顔を覆って嗚咽した。
「わかってる……わかってるんだよ……」
指の隙から、掠れた声が漏れす。
「最のだ。自分が番よくわかってる……。あいつが毎、落きを消していた姿を、俺は机の端から見ていた。
広告
声をかけられなかった。ごめんの言も言えなかった。あいつの顔を見るのがぬほど怖かったんだ……」
の隅に吊るされた、品のスーツ。
黒いビニールカバーので、仕てたばかりの着が、蛍灯のを浴びてたく佇んでいる。
計の針は午を回っていた。同窓会の当まで、あと。
父は濡れた顔をげないまま、に落ちたネクタイへ、震えるを伸ばした。その指先が、布の端を縋るように掴み取る。
私はその姿を見ろしながら、凍りつくような確信を抱いていた。
父は、許されるために同窓会へこうとしているのではない。
だが、あの惨めな過を、自分が被害者であったという半分だけの真実で塗り固めたまま、向かおうとしている。
「……父さん」
私の呼びかけに、父は答えなかった。ただ、痛ましいほど固く、ネクタイを胸に抱きしめていた。