"面談記録にあった前妻の名前" 第15話
枚の宛名
卒業式の、リビングの空気は妙な歪みを含んでいた。
健司は嫌で、クローゼットから勝負の濃紺のスーツを引っ張りし、アイロン台を広げていた。
スチームのい煙がシュッと音をててちる。
「美咲、ネクタイどれがいいとう? やっぱ無難にシルバー系かな。それとも、ちょっとらしく淡いブルーにするか」
健司は交じりに、鏡ので本のネクタイを胸元にあてがっていた。
彼は完全に信じ切っていた。
自分が父親であり、戸籍の者であり、こののである以、枚しかない保護者席のうち枚が自分のものであることは「疑う余のない提」なのだと。
妻である私とくか、あるいは遥がどうしてもと懇願すれば妻をててやるか――選ぶ権利はあくまで自分にあると、健司は疑っていなかった。
午。
塾から帰ってきた遥が、リビングの引き戸を静かにけた。
背筋をピンと伸ばし、制のブレザーの襟元をえている。
そのには、い形号の封筒が枚、握られていた。
「お父さん、美咲」
遥の澄んだ声に、健司がアイロンのを止めて振り返った。
「おう、遥。どうした? 卒業式のしおりか?」
遥は何も答えず、卓の真んへ歩み寄った。
そして、枚の封筒を、テーブルのに静かに並べて置いた。
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封筒の表側には、遥の几帳面な跡で、黒いサインペンの文字がかれていた。
側の封筒には、『美咲へ』。
側の封筒には、『お母さんへ』。
リビングのが、止まった。
スチームアイロンの余の匂いだけが、部のに漂っている。
健司が眉をひそめ、テーブルにづいてきた。
枚の封筒の宛名を交互に見つめ、それから信じられないものを見るような目で、遥の顔を見げた。
「……遥、これ、何の冗談だ?」
乾いた笑いが、健司のから漏れた。
「枚は美咲、もう枚は綾子……? おい、俺の分はどこにあるんだよ。父親の席はどこなんだ?」
遥は線を逸らさなかった。
、父親の嫌を窺い、嘘をね、胃薬をみ続けていたあの怯えた女の姿は、そこにはもうなかった。
「お父さんの分は、ないよ」
静かな、けれど片の迷いもない声だった。
「な……っ!」
健司の顔が、瞬で真っ赤に染まった。
プライドを真正面からへし折られた男の、激しいりがわになる。
「ふざけるな! 俺はおの父親だぞ! 学費だって、塾のだって、全部俺が働いて払ってきたんだ! なんで父親の俺が締めされて、女で座るんだよ! 世体がつわけないだろ!」
「世体なんて、どうでもいい」
遥が歩、にた。
「お父さんはずっと、『おのためだ』って言ってたよね。美咲を傷つけないため、庭を壊さないため、全部お父さんがに入って調してやってるんだって。
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……でも、違ったよ」
遥の瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。
けれど、声は決して震えなかった。
「お父さんはただ、自分がいい顔をしたかっただけ。自分が番全な所にいて、お母さんと美咲を秤にかけて、私に『どちらかを選べ』って迫ってただけじゃない」
「遥、お……!」
「私は、を選びたい」
遥は枚の封筒を、おしそうに指先で触れた。
「、毎ご飯を作って、をした夜にを握ってくれた美咲と。れていても、私のことを忘れずに、会いに来てくれたお母さんと。……に、私の卒業式を見てほしい」
健司は息を呑み、子に崩れ落ちるように座り込んだ。
彼が築きげてきた「完璧な父親」の虚構が、娘の言葉によって、音をてて崩壊していた。
「健司さん」
私は初めて、夫を「健司さん」と儀に呼んだ。
「で待っていて。式が終わったら、ので写真くらいなら撮れるわ」
健司は両でを抱え、度と顔をげることができなかった。