"面談記録にあった前妻の名前" 第5話
枚だけの封筒
曜、夕暮れ。
苦しい沈黙が支配するリビングに、遥が塾から帰ってきた。
健司はソファーでテレビのニュースを無音で眺め、私はキッチンで副菜の鉢を並べていた。
誰も昨夜のことに触れようとしない。
健司はただ、が解決してくれるのを待つかのように、縮こまった背を見せている。
遥は居に入ると、ダイニングテーブルのに、枚のい封筒を置いた。
学の角印が押された、しっかりとしたの封筒だった。
「……これ、今配られた」
遥のさな声に、健司が振り向いた。
「なんだ、遥。学からのか?」
「うん。卒業式の案内」
私はを止め、テーブルのの封筒に線を落とした。
封筒の表には、印字された文字が並んでいる。
『令度 卒業証授与式のご案内、ならびに保護者席入券の配付について』
遥が封筒のをけ、から枚のカードを取りした。
淡い緑のに、の枠線が印刷された入券だった。
「体育館の耐震事が終わったばかりで、席数がりないんだって」
遥は誰を見るでもなく、淡々と説を続けた。
その声には何のも込められていなかった。
「庭につき、原則として枚まで。それ以は、ち見も含めて絶対に発できないって、学集会で先が言ってた」
枚。
その数字が、たい凶器のように卓の真んに突き刺さった。
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このには、父親である健司がいる。
活を共にしてきた、保護者としての私がいる。
そして、隣町にみ、娘のを配して学にまでを運んだ実の母親、綾子がいる。
に対して、席はつ。
健司がすぐにをいた。
空気を変えようとするような、わざとらしいるい声だった。
「ああ、卒業式か。もうそんな期なんだな。よし、俺と美咲でくよ。会社にはめに休申請をしておくから丈夫だ」
健司は何の迷いもなく、枚のチケットを自分の元へ引き寄せようとした。
彼にとって、それが最も「無難」で「正しい」解決策なのだ。
現の妻である私をて、世体を保ち、庭の秩序を守る。
それが番角がたないと、本気でっているのだ。
「綾子には俺からちゃんと話しておくよ。に入れば、体育祭も文化祭もあるんだからさ。学の卒業式くらい、するように言い聞かせる」
健司のその言葉を聞いた瞬、遥の肩がピクリとねた。
彼女は何も言わなかった。
抗議の声もげず、ただテーブルので、制のスカートをく、く握りしめていた。
その爪がのひらにい込み、くを失っていくのを、私は見ていた。
綾子は、ずっと待っていたはずだ。
遥が学を卒業するときにはち会えなかった。
だからこそ、この学の卒業式を、どれほど待ちにしていただろう。
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そして遥もまた、母親に自分のれ姿を見せたいと、のどこかで願っていたのではないか。
けれど健司は、そのすべてを「俺がうまくやっておく」の言で切り捨てようとしている。
自分がの女ので優位にち、配分を決める権利を持っていると信じ疑わないまま。
「健司」
私は伸びてきた夫のを遮るように、入券のに自分の指を置いた。
「なに、美咲?」
「あなたが決めることじゃないわ」
私の静かな声に、健司が怪訝そうに眉をひそめた。
「何言ってるんだよ。保護者席だぞ? 親である俺たちが揃ってるのが普通だろ。おだって、遥の面倒を見てきたんだから、る権利がある」
権利。
その言葉が、ひどく浅ましく聞こえた。
「これは誰のための席なの?」
私は健司ではなく、俯いたまま微だにしない遥を見つめた。
「遥が、誰にも言えずに抱えてきたことの答えを、どうしての都で勝に決めていいの? 私たちがけば、それで全てが丸く収まると本気でっているの?」
「美咲、お……!」
「遥」
私は健司の声を遮り、震える娘の細い肩に呼びかけた。
「チケットは、あなたが持っていなさい。誰に来てほしいか、あなたが決めていいの」
遥がハッと顔をげた。
その瞳には、困惑と、恐怖と、そして逃げを失った痛々しいが揺れていた。
枚の入券を挟んで、私たちはち尽くしていた。
誰かが選ばれれば、誰かが排除される。
その残酷な選択の引きを、私たちは今、歳の女の指に無理やり握らせようとしていた。