"あんたの金なら一滴も飲まない" 第16話
最の本のき先
母はすりで台所へ向かった。
蔵庫の扉がくい音がして、続いてカラン、とガラスが触れう澄んだ音が居まで届いた。
戻ってきた母のには、い液体が入ったさな瓶が握られていた。
今朝、半に緑の箱に届けられた、最から本目の牛乳だった。赤いセロファンが巻かれた蓋には、今の朝の付が印字されている。
母は座卓に戻ると、そのたいガラス瓶を、藤井さんの湯呑みのすぐ隣にコトンと置いた。
藤井さんは目を丸くして、テーブルのの瓶を見つめた。
「さん、これは……」
「んでください、藤井さん」
母は座布団に正座し直すと、穏やかな、しかし決して揺らがない声で言った。
「あなたにんでほしくて、蔵庫でやしておいたんです」
藤井さんは困ったように眉をげ、苦笑いを浮かべた。
「いえ、滅相もない。これは健先輩が、あなたのためにって遺されたものですから。私がにするわけにはいきませんよ」
「いいえ」
母は首を振った。
その差しは、病院のベッドで見せていた頑なな拒絶とはまるで違っていた。澄み切った、い志に満ちていた。
「にこれを始めたのは、あのです。あのがあなたに頼んで、無理を言って届けてもらったものです」
母はテーブルのの瓶にそっと指先を触れた。
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「でもね、藤井さん。この最の本を誰にませるかは、私が決めます」
居の空気が、ぴんと張り詰めた。
「あのの遺言だからでも、あなたの義理てだからでもありません。私が、私のお客さんとしてここに来てくれたあなたに、これをんでほしいんです」
それは、母が抱え続けてきた「き夫の」から、完全に自分を切りした瞬だった。
誰かに与えられ、誰かの都で続けられていた常を、母は自分の両でしっかりと引き取り、自分の志で幕を引こうとしていた。
藤井さんは瓶を見つめたまま、しばらくかなかった。
やがて、その肩からすうっと力が抜けていくのが分かった。
「……分かりました」
藤井さんは震える指先を伸ばし、赤いセロファンのつまみを引いた。
ペリペリと気よい音がして、の丸い内蓋がれる。
ふわっと、鮮な牛乳の甘い匂いが居に広がった。
藤井さんは瓶を両で持ちげると、迷うことなくをつけ、気に喉を鳴らしてみ干した。
ゴクン、ゴクンと、い液体が男の喉を通り過ぎていく。
その姿を、母は度も目を逸らすことなく、穏やかに見つめていた。