"あんたの金なら一滴も飲まない" 第14話
今末で引き取ってください
受話器のコードが、ピンと張り詰めていた。
母はがりかまちに腰をろしたまま、震えるで黒い受話器をに押し当てた。膝のに置かれたには、まだしっかりとアルミの杖が握られている。
「……もしもし。野でございます」
母の声は、いつもよりずっとかすれていた。
私は歩がり、靴箱の角に背を預けて母の横顔を見つめた。暗い玄関に、受話器の向こうから漏れ聞こえる配送所の女性の、るく甲い声がさく響く。
『あ、さん! 退院されたんですね、よかったわあ。お加減はいかがですか?』
「ええ、おかげさまで。……さっき、に戻ったところです」
『急なお話で本当に申し訳ないんですけどね。藤井様からのお支払いが今で終になるとのことで、来以の配達をどうされるか、今にお返事をいただきたくて』
母は何も答えず、ただじっと自分の元を見つめていた。すり減ったスリッパの爪先に、夕方の淡いが落ちている。
『もしさんのお座から引き落としに切り替えられるなら、類をお持ちしますけれど……どうなさいますか?』
玄関の空気が、凍りついたように止まっていた。
受話器の向こうで、事務員が類をめくるカサカサという乾いた音がする。
母の喉仏が、さくした。息を吸い込む微かな音が聞こえる。
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私はを挟まなかった。「やめなよ」とも「私が払うよ」とも言わなかった。、母が誰にも触れさせずに守ってきた習慣の引きを引く権利は、娘の私にすらないのだと、今はよく分かっていた。
やがて、母は背筋をわずかに伸ばした。
「……牛乳さん」
『はい、さん』
「今まで、毎朝欠かさず届けていただいて、本当にありがとうございました」
その声には、もう迷いも震えもなかった。
「来からの更は、いたしません」
話の向こうが瞬、息を呑んだ気配がした。
「今末の分で、配達を終わりにしてください。……それから、玄関の脇にある緑の箱も、、引き取りに来てくださいな」
『……そうですか。寂しくなりますねえ。健さんの頃から、もうずいぶんく取っていただいてましたものね』
「ええ。分いただきましたから」
母は静かにをげ、丁寧に礼を述べてから、カチャリと受話器を置いた。
ツーツーという械音が切れたあと、古い造の玄関には、ただい沈黙だけが残された。
母は話台にを置いたまま、しばらくかなかった。
「……お母さん」
私が声をかけると、母はゆっくりと息を吐きし、杖に体をかけてちがった。振り返ったその顔には、涙も悔のもなく、どこかすっきりとれ渡ったような静けさがあった。
「さ、美。お湯を沸かしておくれ。
自分のの急須で、いお茶がみたいよ」