"あんたの金なら一滴も飲まない" 第12話
名づけられない
藤井さんは、乾いた喉を鳴らすように唾をみ込んだ。
「『もうし続けてほしい』と言われた瞬、ああ、俺にはまだ、この世界で果たすべき役目が残っているんだ、とえたんです」
毎、座から千数百円が引き落とされる。
その通を見るたびに、藤井さんは「今もあのに牛乳が届いている」と確認した。
誰からも謝されない。誰からも評価されない。母からも「ありがとう」のつ届かない。
だが、その沈黙こそが、藤井さんにとっては救いだったのだ。
「もし、お母さんから丁寧なお礼のが届いたり、お元やお歳暮が送られてきたりしていたら、私は荷にじてとっくに止めていたといます。『の庭に余計な負担をかけている』って、申し訳なくなってしまったはずですから」
「……何もしなかったからこそ、続いたんですね」
「ええ。お母さんもそれを分かっていたんじゃないでしょうか。に度、更の期に私が確認の話をしても、お母さんは『ごめんなさいね』とは決して言いませんでした。『じゃあ、もうちょっとだけ』とだけ言うんです。お互いに余計な詮索はしない。庭の事にも踏み込まない。ただ、毎朝の牛乳という細い糸本だけで、繋がっていたんです」
胸の奥の澱が、すうっと溶けていくような覚があった。
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そこにあったのは、父の美しい遺言などではなかった。
夫をくし、誰の荷にもなりたくないと爪をててきていた頑固な老女と、庭も仕事も失い、誰かからの微かな必性を杖にしてき延びようとしていた孤独な男。
のが、んだ父の「半だけ」という約束を言い訳にして、お互いの孤独と尊厳を守るために共謀した、の静かな共助だったのだ。
「藤井さん」
私は静かにをいた。
「母は昨、私が代を払うと言ったら、『そんな牛乳は滴もまない』と言いました。娘の私から施しを受けたら、それは監になるから嫌だって」
藤井さんは驚いたように目を丸くし、それからふっと目元を緩めた。
「お母さんらしいですねえ。本当に、気いだ」
「藤井さんと母の関係を、私は最初、何かろ暗いものじゃないかと疑っていました。……でも、違いましたね。族でもない、友達でもない、名のつかない関係だけど……おは、ちゃんと、お互いを支えっていたんですね」
「支えっていたなんて、そんな層なものじゃありませんよ」
藤井さんは照れたようにをかいた。
「ただの、臆病者同士の先送りの連続です。終わらせる勇気がなくて、ずるずるとここまで来てしまっただけですから」
そう言ってちがった藤井さんの背は、昨ファミレスで見たよりも、ずっと真っ直ぐに見えた。
「美さん。これで全部お話ししました。……今末で、本当に終わりにします。牛乳にはもう、私の座からの引き落としを止める類をしました。あとは……お母さんがどうされるかです」
「はい。……ありがとうございました」
私はくをげ、アパートをあとにした。
の空が茜に染まり始めていた。たいが頬を撫でていく。
母のを救っていたのは、私の過剰な世話焼きではなく、顔もわせないが毎朝届けてくれる、本の無言の牛乳だった。その事実を、私はようやく、痛みとともに受け入れることができていた。