"あんたの金なら一滴も飲まない" 第6話
半だけの約束
ファミレスの員が注文を取りに来たが、藤井さんは「アメリカンコーヒーを」とだけ頼み、私も同じものを頼んだ。運ばれてきたいマグカップから湯気がちるのを見つめながら、私は藤井さんの次の言葉を待った。
藤井さんは両を組み、の記憶を繰り寄せるように話し始めた。
「健先輩がくなるヶ、病院に呼ばれたんです」
父の入院先は、母が今入っているのと同じ病院だった。当、すでに胃がんが全に転移し、父はベッドから起きがることもできない状態だった。
「先輩は私に、封筒を握らせてきました。には万円入っていました。『修、頼みがある』と」
父の頼みは、信じられないほどさなものだった。
自分がんだら、のに牛乳の配達を頼んでやってくれ。毎朝本、半だけでいい。代はこの万円から払ってくれ、と。
「先輩はおっしゃっていました。『は、俺がいなくなったら、違いなく朝飯を抜くようになる。自分のためには円も使わない女だから、放っておいたら噌汁の残りだけで済ませちまう。だから、無理にでも毎朝、本だけ届けさせてくれ』と」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような痛みを覚えた。
それは、私のっている父そのものだった。数がなく、を言葉にするのが極端にで、そのくせ母の頑固な倹約癖を誰よりも熟していた父。
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「先輩は半でいいとおっしゃいました。半も経てば、暮らしの活リズムも落ち着くだろうからって。だから私も、先輩がくなったあと、言われた通りに牛乳に契約を入れたんです。座は私のものを登録して、いただいた万円から半分の代をて替えました」
「……半で終わるはずだったんですよね」
私は乾いた唇をいた。
「じゃあ、どうしても続いたんですか」
藤井さんは苦笑し、カップにをつけた。
「半が過ぎた、私はお母さんに話をしたんです。『先輩から頼まれていた半が終わりました。これで配達を止めますが、よろしいですか』と」
受話器の向こうで、母はいこと沈黙していたという。
普段は「何もいらない」「自分でやれる」としか言わない母が、そのは消え入りそうな声で、こう言ったのだ。
『……藤井さん、図々しいのは承のなんですが、もうしだけ、続けていただくことはできませんか』
「驚きました。あんなに気丈なお母さんが、の私にそんなお願いをしてくるなんてってもみませんでしたから。それで、つい『わかりました、じゃああと半だけ』と引き受けてしまったんです」
が過ぎたときも、同じだった。
藤井さんが「そろそろ」と切りすと、母は『もうちょっとだけ』と繰り返した。
「目に入ったとき、さすがに私も申し訳なくなって、お母さんに提案したんです。
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私の座から引き落とすのをやめて、お母さん自の座に切り替えましょうと。名義変更の類も私が全部用しますから、と」
「母は、何て言ったんですか」
藤井さんは、そのの母の言葉を今でも言句覚えているようだった。
「お母さんは、きっぱりと断られました。『自分で買ってんだら、それはただの牛乳になってしまう。あのが配して、毎朝届けてくれているからがあるんだ』と」
テーブルを挟んで、私は言葉を失った。
ただの牛乳になってしまう。
母は、父がんだことを受け入れていなかったわけではない。父がこの世にいないことを誰よりも理解したで、そのの隙を埋めるために、父が残した「者からの配慮」という形そのものを必にしがみつくように残そうとしていたのだ。
「私はその、断るべきでした」
藤井さんはく呟いた。
「でも、お母さんのあの声を話で聞いたら……どうしても私の方から『もうやめます』とは言えなくなってしまったんです」