"私を捨てるはずだった夫" 第13話
自分で決めて
たいの音が、い窓ガラスを絶えなく叩いていた。
け放たれた畳のドアの隙に、直はったままかなかった。
スーツの肩には、駅からのに濡れた染みが黒く残っている。
握りしめたスマートフォンの画面はすでに消えていたが、彼の指先はまだ固く力が入っていた。
「……荻窪の部が、空いたのね」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
揺も、りもなかった。
ただ、ヶに止まった計の針が、にカチリと音をててきしたような、奇妙な透だけが胸に広がっていた。
直は線を落とし、廊のフローリングの目をじっと見つめた。
「ああ。さっき駅をたところで話があった。『に申し込みいただいた方ですよね』って。……曜の午までに返事をくれれば、の客を断って優先に契約をめると言われた」
「そう」
「……」
沈黙が落ちた。
ヶなら、私はここで声を荒らげていただろう。
「まだでていく気だったの」「あのノートの計算を実するつもりなの」と、刃物のような言葉を投げつけていたはずだ。
けれど、ヶ、として同じ根ので暮らしてみて、私はってしまった。
この部の畳半に閉じこもっている直の息苦しさを。
そして何より、彼という夫の力から解放された自分の暮らしの、あの恐ろしいほどの軽さを。
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「それで?」
私が尋ねると、直はわずかに顔をげた。
その目には、迷いと、試すようなが揺れていた。
「……今回は、おにちゃんと話そうとったんだ」
直の声はかすれていた。
「みたいに、で勝に決めて、全部終わってから事報告するようなことはしたくない。だから……おの見を聞きたい」
その瞬、胃の奥がたく縮みがった。
、ずっと繰り返されてきた景だった。
「おはどうう?」「由美の好きにしていいよ」「任せるよ」
そうやって事な決定の権利を私に差ししながら、同にその結果に対する責任を、すべて私の肩に乗せてきた男の顔だった。
もし私が「かないで」と言えば、彼は罪悪の免罪符をに入れて、この狭い部に留まるだろう。
そしてこの先、何も「あの、由美が引き留めたから」という言い訳を胸の奥に飼い慣らしながら、んだような顔で私の横に座り続けるのだ。
逆に、私が「ていけばいいじゃない」と言えば、彼は「妻に追いされた被害者」の顔をして、れれと荻窪へ荷物を運ぶだろう。
どちらに転んでも、彼は傷つかない。
決めたのは私だからだ。
「……私に訊かないで」
私のからた言葉は、たく、はっきりとしていた。
直の眉が微かにいた。
「え?」
「私に訊かないでって言ってるのよ、直さん」
私は歩、廊へ踏みした。
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「『おの見を聞きたい』って、聞こえのいいこと言わないで。あなたはただ、自分のの責任を、また私に決めさせようとしてるだけでしょ」
「そんなつもりじゃ――」
「あるわよ」
私は直の言葉を遮った。
逃がすつもりはなかった。
「きたいなら、きなさいよ。荻窪でもどこでも、でめばいいじゃない。……でもね、『由美がっていいと言ったから』なんて顔してていくのは絶対に許さない」
直は息を呑み、息を詰まらせたように喉を鳴らした。
「あなたがで暮らしたいなら、自分の志で、自分の責任でていきなさい。……そしてもし、ここに残りたいとうなら、『由美が引き留めたから』でも『美咲のため』でもなく、あなたが自分のでここに残ると決めなさい」
狭い廊で、私たちの線が真っ向からぶつかりった。
の結婚活ので、私がこれほど容赦のない言葉を彼に投げつけたことは、度もなかった。
「曜の朝まで、あとあるわ」
私は自分の部のドアのノブにをかけた。
「よく考えなさいよ。歳の、の男として」
カチリとドアを閉め、鍵を回した。
背で、直の音がゆっくりと畳半の部へ引き返していくのが聞こえた。