"私を捨てるはずだった夫" 第7話
本棚を置いておいてね
夕方になり、部のは再び黄昏の暗さに包まれていた。
ゴミ袋に放り込んだ写真ては、そのまま玄関の隅に置かれていた。
直も私も、それに触れようとはしなかった。
リビングの段ボールは半分ほど片付き、どうにかが座れるだけのカーペットのスペースが空いた。
直は壁に寄りかかり、両膝を抱えるようにして座っていた。
その姿は、歳の庭を持つ男というより、叱られて居所をなくした子どものようだった。
「……の、だった」
直が、ぽつりと言った。
カーテンの隙から差し込む灯のかりが、彼の髪の混じった側部をぼんやりと照らしている。
私はキッチンカウンターに寄りかかったまま、えた麦茶のグラスを握りしめていた。
何も言わず、彼の言葉の続きを待った。
「荻の部の付を払って、会社の帰りに産に寄って、本契約の程を決めただ。……あとは、のの退をいつにするか、おにどう切りすか、それだけだった」
直は膝のに線を落としたまま、乾いた唇をかした。
「そのの夜、美咲が急に帰ってきたんだ。覚えてるか」
「……ええ。物のカーディガンを何枚か取りに来たね」
いした。
美咲は夕方ふらりと現れて、「寮のご飯、揚げ物ばっかりで飽きるんだよね」
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と笑いながら、私が作った肉じゃがを平らげた。
直は普段通り、美咲の隣で嬉しそうにビールをんでいたはずだった。
「美咲が帰るさ、玄関で靴を履きながら、何気なく言ったんだよ」
直の声が、微かに震えた。
「『お父さんたち、今度駅の狭いマンションに引っ越すんでしょ。でも、私の部に本棚つくらいは置いておいてね。たまには泊まりに帰ってくるから』って」
私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「あいつ、笑いながら言ったんだ。『で暮らすには狭だけど、私が帰る所くらいはあるよね』って。……その顔を見た瞬、目のが真っ暗になった」
直は両で顔を覆った。
指の隙から、漏れるような声が響いた。
「俺はさ……由美、おとれることばかり考えてた。このえ切ったから抜けして、誰の気配もしない部で、で静かに暮らしたいって、そればかり考えてたんだ。でも、俺がていくってことは、美咲から『実』を奪うってことだったんだよ」
部のに、い沈黙が落ちた。
「美咲にとって、ここは帰ってくる所なんだ。親父と母親がいて、昔の荷物が置いてあって、いつでも帰れる所じゃなきゃいけなかったんだ。俺が勝にワンルームを借りてていったら、あいつはどうう? 『お父さんは、私たちが邪魔だったの?』ってうんじゃないか。
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……そうったら、がすくんでけなくなった」
直の肩が、さく揺れていた。
泣いているのかとったが、涙は流れていなかった。
ただ、耐え難い自己嫌悪に押し潰されているようだった。
「けないよな。にもなってさ。……俺は、美咲を傷つけるのが怖かったんじゃないんだ。美咲に『自分勝な最の父親だ』って軽蔑されるのが、怖かっただけなんだよ」
直は顔をげ、私をまっすぐに見つめた。
その目には、彼がこれまで決して見せようとしなかった、々しいさと卑怯さが剥きしになっていた。
「だから翌、産に話してキャンセルした。違約も払った。……それでおと緒に、この部に来たんだ。何わぬ顔をして、最初からでここに来るつもりだったみたいに振るって……。本当に、最だよな、俺は」
自嘲気に歪んだ直の元を見つめながら、私は胸のに広がっていくの正体を探していた。
しみではなかった。
裏切られたりでもなかった。
それは、ひどくえ切った、底のれない失望だった。
「……そうね」
私は、自分の声があまりにも平坦で驚いた。
「本当に、最だわ」
直の体がびくりとねた。
「あなたは戻ってきたんじゃない。私を選んだんじゃないのよ。ただ、娘ので『いい父親』の板をろす勇気がなかったから、ここに逃げ込んできただけじゃない」
「由美……」
「私のためじゃない。私たちののためでもない。あなたの保のために、私は今、この狭い部に連れてこられたのね」
私は麦茶のグラスをシンクに置いた。
カツン、とい音が響いた。
直は何も言い返せなかった。
彼はただ、両を膝のに置いたまま、罪のように首を垂れていた。