"私を捨てるはずだった夫" 第2話
段ボール箱に囲まれた助席
「勘違いですよ、さんの」
佐藤さんがそそくさと階段をりていったあと、直はそう言った。
声の調子は平坦で、いつもの「スーパーの牛乳を買い忘れた」と報告すると同じさだった。
「そう」
私はそれ以、何も言わなかった。
言えなかった、というのが正確だった。
「すみません、このラックはどうしますか?」「そっちのエアコンのリモコン、どこに入れました?」と、作業員たちが次から次へと声をかけてくる。
午には管理会社のが来て、部の傷のチェックをすることになっていた。
敷の精算にサインをし、鍵を本返却し、気とガスの最終検針を終えなければならない。
活が崩れる瞬というのは、映画のように静まり返った所で訪れるわけではないらしい。
トラックのアイドリング音と、段ボールの角が擦れる音と、見らぬの「お疲れ様です」という掛け声の真んで、私の元だけが音をてて抜けていた。
トラックが発し、私たちは直の来乗っているカローラに乗り込んだ。
部座席は、トラックに入り切らなかった観葉植物と、割れ物の段ボールで井まで埋まっている。
助席の私の膝のにも、美咲がの卒業式で使ったコサージュの箱が置かれていた。
居までののりは、でわずか分ほどだった。
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曜の昼がりの幹線は、ファミリーレストランに向かうでし混雑していた。
カーステレオからは、直が好んで聴く楽のラジオがさく流れている。
直は両でハンドルを握り、だけを見ていた。
私は助席の窓硝子に額をつけそうになりながら、通り過ぎるドラッグストアやファミレスを眺めていた。
「駅の、方通がいから、搬入にしかかるかもしれないって」
赤信号で止まった、直がを向いたまま言った。
「そう」
「スーパー、ってたよりかったよ。裏のを抜ければ、信号なしでける」
「……そう」
彼は、会話を普通の休のものに戻そうとしていた。
佐藤さんの言った「先、でていくと届をした」という言葉を、ただの老の聞き違いという引きしに押し込もうとしているのが、横顔を見ているだけで痛いほど伝わってきた。
訊くべきだった。
どういうことなのか、本当にでていく気だったのか、今すぐを止めて説しろと鳴るべきだった。
けれど、私のはい鉛のようになっていた。
もし問い詰めて、彼が「ああ、そのつもりだった」とあっさり認めてしまったら。
居の契約には、すでにの名がかれている。
荷物はすでにトラックに積まれて運ばれている。
今から私たちは、あの狭いしい部で、きりで暮らさなければならないのだ。
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真実を聞く怖さよりも、引越しという現実の段取りを破綻させてしまうことへの主婦としての怯えが、私の喉を塞いでいた。
居は、築の階建てマンションの階だった。
の部よりも全体に井がく、茶いフローリングにはところどころのがつけたであろう具の凹みが残っていた。
「ここ、リビングに置いときますねー!」
作業員たちが、涛の勢いで荷物を運び込んでくる。
あっというに、畳ほどのリビングダイニングは、の背丈ほどに積まれた段ボールの壁で埋め尽くされた。
すれ違うのにも体を斜めにしなければならない。
「作業、すべて完しました。受領のサインをお願いします」
午半。
リーダー格の男性にサインを渡し、お茶のペットボトルを本渡すと、彼らは爽やかにっていった。
カチャリ、と玄関の鍵が閉まる音がした。
部のに、苦しい静寂が落ちてきた。
部の半分は、まだカーテンすら掛かっていない。
が容赦なく差し込み、埃がの筋のでくっていた。
直は靴を脱ぎ、リビングの真んに置かれた、番きな段ボールのに腰をろした。
袋をし、膝にをついて、く息を吐いた。
「……腹、減ったな」
彼が言った。
、ずっと聞いてきた声だった。
仕事から帰ってきて、テレビのリモコンをに取りながら、夕飯の支度をする私の背に向けて放たれる、あの「腹、減ったな」
とまったく同じイントネーションだった。
私は、玄関に積みげられた靴箱のから、自分用のスリッパを探しすのをやめた。
靴のままたいフローリングにがり、直の歩でを止めた。
「直さん」
彼は顔をげなかった。
ただ、膝に置かれたの指が、わずかに張った。
「コンビニ、ってくる。お弁当でいいだろ」
ちがろうとする直の肩に、私はを伸ばさなかった。
代わりに、できる限りく、震えない声をした。
「どこに、くつもりだったの?」