"私の遺産を仕分ける夫" 第14話
公証役の百万円
「これを読んでください」
敬が眉をひそめ、ノートに線を落とした。
私が午、喫茶で何もかけてき殴った、印刷所の『事業縮と再建計画』だった。
敬の目が、ノートの文字を追う。
指先が微かに震え、ページの端を握りしめた。
「……なんだ、これは」
「まず、このスレート葺きのを半分に仕切って、使っていない資材置きを元の運送会社に又貸しします。これで毎の賃が半分になります」
私は努めて淡々と、事実だけを並べた。
「次に、あの巨なオフセット印刷。武藤さんと相談しました。あれを古械のブローカーに売却すれば、約百万円になります。それでへの延滞利息と、直の代の支払いを清算してください」
「あの械を……売るだと……!?」
敬が呻くように言った。
「あれは親父の代から、うちの臓だった械だぞ! あれがなくなったら、うちの仕事はどうなるんだ!」
「チラシや文集の量印刷から、完全に撤退するんです」
私は『するが堂』の企画を、ノートのにねた。
「さっき、杉代表とお会いしてきました。先方は、まだうちとの契約を諦めていませんでした。に残っている型の平版印刷と、職さんの作業があれば、この級化粧箱の仕事は分に回せます」
敬の息が止まった。
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企画にかれた数字と、私のノートの試算を、夫は信じられないような目で見比べていた。
「員は、武藤さんには週の技術顧問として残っていただき、若い佐々くんをリーダーにして体制に縮します。の取引先を追いかけるのはやめて、元の菓子や茶商の、ロットで単価な特注印刷だけに絞るんです。……これなら、来から黒字化できます」
事務所のに、い静寂がりた。
敬はノートを握りしめたまま、ち尽くしていた。
、経営者を自称してきた夫がいつきもしなかった、けれど現の職と顧客の声を拾いげれば誰の目にもらかな「き残りへの本」が、そこにかれていた。
「……だが」
敬が掠れた声で言った。
「械を売って借を減らしたとしても、を縮して改装する費用がいる。しいの仕入れ代も、最初のヶ分はで払わなきゃならん。……元の運転資が、どうしても百万はりない」
夫はそこで言葉を切り、ぎゅっと唇を噛み締めた。
そして、力なく首を振った。
「……いや。すまん、忘れてくれ。おにおを無しないと誓ったばかりだ。こんな都のいい話、あるわけがない」
「百万円、私がします」
敬が弾かれたように顔をげた。
その目には、驚きと、申し訳なさと、すがりつきたいような懇願のが入り混じっていた。
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「美……お、どうして……。あんなに俺を責めたじゃないか。棒だって、父親の遺産は渡さないって……」
「勘違いしないで、敬さん」
私は歩踏みし、夫の線を正面から受け止めた。
「私は、あなたの妻だからこのおをすんじゃないわ。養ってもらった恩返しでもないし、夫婦だから舟に緒に乗る義務があるからでもない」
私の声は、静かで、徹だった。
「私は今、現を見て、帳簿を見て、お客さんの話を聞きました。そして、この『牧瀬坊』というしいさな計画には、百万円を投じるだけの価値があると、私自が判断したの。だからこれは、牧瀬美というの個が、自分の志で決めた事業投資です」
敬の喉がさく鳴った。
「その代わり、条件があります」
私は鞄から、通の覚を取りした。
「、で公証役へきます。この百万は、会社への正式な資として公正証を作成します。そして、もしこの計画が以内に軌に乗らなかった、その点で即座にを解散し、清算してください。度と自宅を担保に入れたり、別の借をねたり、私に追加の支援を求めたりしないと、法に約束してください」
敬の目が揺れた。
それは、彼がしがみついてきた「のプライド」と「曖昧な甘え」を、完全に放すことをしていた。
「もし……それでもダメだったら?」
敬が、震える声で尋ねた。
「そのは、そこですべておしまいです」
私は微笑んだ。
、このと結婚したと同じように、穏やかに。
「を畳んで、借をきれいに片付けて、あなたもに帰りなさい。毎朝に起きて焦る必もない。で、の丈にった静かな暮らしに戻りましょう。……朝ごはんは、ちゃんと作ってあげるから」
敬の目から、ぽろぽろと粒の涙がこぼれ落ちた。
歳の男が、油まみれの作業着の袖で顔を覆い、子供のように声をげて泣いた。
の虚勢が、嘘が、妻への甘えが、すべて涙となって流れしていくようだった。
夫はに膝をつき、私の差しした覚に、震えるで自分の名をき込んだ。