"私の遺産を仕分ける夫" 第13話
段ボール箱と魚の絵
事務所をたあと、私はまっすぐに帰らなかった。
元には、武藤さんから預かった『するが堂』の企画提案があった。表には、駿湾の特産品をあしらった、らしい魚のイラストが描かれている。のに印刷されたその見本は、触れると指先にざらりとした温もりが残った。
提案の隅に記載されていた所を頼りに、私は沼津港の観へと向かった。
干物の威勢のいい掛け声や、鮮丼を求める観客で賑わう通りから本入ったに、とガラスで設えられたさな舗があった。
『するが堂』
先に並んでいたのは、元で揚げされた魚や駿湾の塩を使った、洗練された菓子や乾物の箱だった。どの箱も匠が凝らされ、にとった若い女性たちが「これ、い」と嬉しそうにカゴに入れている。
「いらっしゃいませ」
奥からてきたのは、代半ばほどの、エプロンをつけた柄な女性だった。名刺を差しすと、代表の杉さんという方だった。
「牧瀬印刷所の……奥様ですか?」
杉さんは驚いたように目を丸くした。
「牧瀬社からは、先、きっぱりとお断りのご連絡をいただいたばかりですが……」
「突然押しかけて申し訳ありません」
私はくをげた。
「夫が無礼な態度をとったこと、本当にお詫びいたします。
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もしよろしければ、杉さんがどうしてうちのような古い町に声をかけてくださったのか、直接お聞かせいただけないでしょうか」
杉さんは戸惑いながらも、の奥のさな商談スペースへ私を案内してくれた。
温かい緑茶をしてくれたあと、彼女は棚からつの試作品を取りして見せてくれた。
「これ、見ていただけますか」
それは、牧瀬印刷所の古いオフセットで武藤さんがテスト刷りしたという、特製の貼り箱だった。
「のネット印刷にお願いすると、くていんですが、どうしても表面がツルツルしたプラスチックのような仕がりになってしまうんです。でも、牧瀬印刷所さんのこの箱は、古い械ならではのインクの擦れや、の繊維の凹凸がそのままきていて……まるで職さんがつずつ作業で作ったような体温があるんです」
杉さんの瞳には、確かなが宿っていた。
「私たちは量産のお産を作りたいわけじゃないんです。沼津のの物語を、きちんとした箱に詰めて届けたい。に千個、季節によっては千個。決してではありませんが、定期に、くお付きいできる元のを探していたんです」
私は提示されていた見積をじっくりと確認した。
単価は、敬がこれまで請け負ってきたチラシ印刷の倍以だった。
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何万部もトラックで運ぶような規模ではない。けれど、無駄な用代もかからず、械を無駄に酷使することもない。職の技術を正当に評価してくれる、極めて堅く、利益率のい仕事だった。
「杉さん。もう度だけ、おをいただけないでしょうか」
私はちがり、くをげた。
「夫にもう度、きちんと向きわせます。この仕事を受けられる体制をえて、必ず私からご連絡します」
夕方、再び印刷所へ戻ると、のは昼とは打って変わって静まり返っていた。
械の音は止まり、暗い作業の片隅で、敬が、段ボール箱に類を詰め込んでいた。
ガムテープを引く、ベリベリという乾いた音だけが響いている。
巨な緑の印刷のにつ夫の背は、まるで役目を終えた古い柱のように頼りなく、さかった。
「……敬さん」
夫は振り返らなかった。
「……何しに来た。もう荷物をまとめてるんだ。来週には弁護士と破産の続きに入る。おに見せるような格好いい姿は、もう何つ残っちゃいないよ」
私は夫の隣へ歩み寄り、抱えていたノートを静かに段ボール箱のに置いた。