みかん小説
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"私の遺産を仕分ける夫" 第8話

「残りの方」という境界線

「……残りの方?」

私のから、乾いた呟きが漏れた。

部の空気が、凍りついたように止まった。

テレビの画面は砂嵐のように青くり、散らばったカタログの面だけが、やけに鮮やかにのに浮かんでいる。

敬は、自分が何をったのか、瞬理解できていない様子だった。

けれど、私の張り詰めた線を受け止めた瞬、夫の顔から急速に血の気が引いていくのが分かった。

「敬さん。今、なんておっしゃいました?」

私は歩も引かず、夫の目を見据えた。

「『残りの方は、そのまま置いておいていい』……そうおっしゃいましたよね」

「……いや、それは」

敬が線を逸らし、ごもる。

「どうして私の通帳に、百万をしたあと『残りの方』があるって、ごなんですか?」

部のに、苦しい沈黙が落ちた。

計の秒針がカチカチとむ音だけが、障りなほどきく響く。

「百万を引いたあと、私の座にいくら残っているか、私はあなたに度も言っていません」

私は歩、夫へづいた。

「遺産の総額がいくらだったかも、諸経費を引いて私の元に最終にいくら入ったかも、私は度もあなたに話していない。なのにどうして、百万をしても『まだ残る』と分かっているんですか?」

敬は唇を噛み締め、何も答えない。

作業着の袖を握る夫の指先が、微かに震えていた。

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「弁護士事務所ですよね」

私は、胸の奥底に溜め込んでいたのような真実を、静かに吐きした。

「先、私と妙子が続きにくに、あなた、もう回もあそこへっていたでしょう」

敬が弾かれたように顔をげた。その目は、完全に追い詰められたのそれだった。

「ってたのか……」

「ええ、っていました。最初のに、先から伺いました」

私の声は、自分でも驚くほどえ切っていた。

「あなたがでそこへき、入の期を聞き、法へおを繰り入れる方法を相談していたこと、全部っていました」

「美、あれはだな——」

「聞きたかったのはそこじゃないの!」

私は遮った。の結婚活で、私が夫の言葉を遮ったのはこれが初めてだった。

「どうして私に、言も相談してくれなかったの? 『印刷所が苦しいから、お父さんの遺産をあてにしたい』って、どうして最初に私の目を見て言ってくれなかったの!? あなたは私の背をび越えて、私の父親の遺産を、最初から自分の会社の延命費として計算していた。百万は目先の支払いで、百万は設備投資。そして端数の残りは、私の元にでも置いておけば文句はないだろうって……そうやって、全部あなたのので、私のを仕分けしていたんでしょう!?」

「仕分けして何が悪い!!」

敬が突然、ちがって吼えた。

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その形相は鬼気迫るものがあった。

「俺はこの、も休まず働いてきたんだぞ! 誰のおかげでこのが維持できたとってるんだ! おが毎呑気に事だけやって、飯って、自由なく暮らしてこれたのは、俺が沼津ので汗垂らして印刷所を守ってきたからだろうが!」

夫のからびした言葉は、私の胸の奥くに突き刺さり、の私のを々に打ち砕いた。

呑気に事だけやって。

自由なく暮らしてこれたのは、俺のおかげ。

毎朝に起き、湯気の消える温度を計算し、値引きシールの肉を選び、夫の靴を磨き、作業着のを落とし続けてきた私のは、このにとっては「自由のない呑気な暮らし」に過ぎなかったのだ。

「俺の会社は、俺のものじゃないんだ! このを支えてきた台なんだよ!」

敬は肩をらせ、私を指差した。

「その台が倒れそうになってるに、たまたま親の遺産が入った妻が、自分のだからってし渋るのか!? 夫婦なら、が危ないは全部投げ打って守るのが当たりだろ! それを何だ、借用だの、残りの方がどうだの……おは俺を、を無する棒扱いするのか!?」

「棒扱いなんてしていません!」

「してるじゃないか! その目がそう言ってる!」

敬はテーブルのの皿を薙ぎ払うように払った。

陶器の皿が畳のに落ち、鈍い音をてて転がる。

「もういい! おのなんかに頼るか! 曜にへって、別の方法を探してやる!」

敬は着を乱暴に掴み、居からてった。

バタン、と玄関の引き戸が激しく閉まる音が響き、夜のたい静寂がのに戻ってきた。

私はそのにち尽くしていた。

散らばった類。転がった皿。そして、最鋭印刷のカタログ。

畳のに落ちたカタログの表には、『未来を切り拓く、革の技術』という華やかなキャッチコピーが踊っていた。

夫の言っていることは、面の真実だった。

夫がで稼いできたからこそ、私は今まで活してこられた。その恩義を、私は決して否定できない。

けれど、だからといって、私のすべてを、私の父が遺してくれた最のいまでを、夫の虚栄と延命のために差しすことが、本当に「正しい妻」の姿なのだろうか。

「械さえあれば、絶対に巻き返せる」

夫のあの必な目は、希望を見ている目ではなかった。

ただ、自分が築きげてきたが代の波にみ込まれて消えていく現実から、必に目を背けているだけの目だった。

このまま百万円を渡せば、次は千万円を求される。

そして最には、このも、私の父が遺してくれたすべてを失って、での底へ沈んでいくことになる。

私はに散らばったカタログを枚ずつ拾い集めた。

指先が微かに震えていたが、のは議なほどえ切っていた。

夫の言葉だけを聞いていては、何も分からない。

あの印刷所で、今、本当は何が起きているのか。

あのには、本当に百万円を注ぎ込んで救うだけの未来があるのか。

私は、の結婚活で度もを踏み入れたことのなかった、夫の聖域——あの油とインクの匂いがするへ、、自分のでくことを決していた。

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