"私の遺産を仕分ける夫" 第5話
通帳の数字と「とりあえず」
約束のは、朝から曇っていた。
午、私は所の方の張所へ向かった。さな支のロビーには、の受け取りや公共料の支払いに訪れた齢者が数、パイプ子に腰掛けて静かに順番を待っていた。
通帳記入の械に、父の遺産を受け取るためにしく作った通帳を差し込む。
カタカタと印字ヘッドが刻みにを叩く乾いた音が、静かなフロアに響いた。
吐きされた通帳をく。
番のに、黒いインクで真しい数字が刻まれていた。
、〇、〇〇〇。
千百万円。
私ので、これほど桁のい数字が自分の名に紐づいたことは度もなかった。、夫から渡される数万円の活費を銭入れで振り分け、円単位の特売品を比べてきた私ののに、いきなり落ちてきた途方もないみだった。
鞄の底に通帳をしまい、ファスナーを閉める。
その瞬、弁護士の言葉がの奥で蘇った。
——今に入ってから、もう度ほどこちらへを運ばれていたので。
この千百万という数字を、夫はすでにっている。
私よりも先に、のの数字として、自分のので数え終えているのだ。
そのの夕方、敬はいつもよりほどく帰宅した。
玄関の引き戸をける音がやけに静かで、靴を揃える音にもどこか落ち着かない気配が混じっていた。
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「いですね」
台所から声をかけると、敬は居の入にち止まり、線を泳がせながらく答えた。
「ああ……の械がまた止まってな。修理を呼んだが、部品を取り寄せるのに数かかるらしい。仕事にならん」
敬は呂にも入らず、卓についた。
欲がないのか、汁を取った松菜の煮浸しにもほとんど箸をつけない。缶ビールを本け、んではくため息を吐きす。
「……古い械をだましだまし使ってきたが、もう限界だな」
敬がぽつりと言った。テレビの音だけが響く居に、その声がく落ちる。
「修理代だけで万かかるそうだ。万だぞ。先の代の支払いもまだ残ってるっていうのに、の担当は追加融資の相談すら受け付けようとしない」
私は黙って、奴のの姜に醤油を垂らした。
「やってきたんだ。沼津ので、うちの親父の代からわせればだ。それが、たかだか械の故障つでちかなくなるなんて……けない話だ」
敬は額にを当て、を抱えるように背を丸めた。
その背は、以よりもずっとさく、く見えた。、のものも油にまみれ、毎朝私が持たせた弁当箱を空にして帰ってきた夫だった。その夫が、目ので静かに追い詰められている。
彼が弁護士事務所へ通っていたことへの信と恐怖。
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けれどそれと同に、連れ添った夫を見殺しにはできないという、に染み付いたが胸を締め付けた。
私は箸を置き、テーブル越しに夫の顔をまっすぐに見つめた。
「敬さん」
夫がゆっくりと顔をげた。その目には、疲労と、何かが始まるのを待つような微かな怯えが浮かんでいた。
「いくら、必なの?」
敬の目が丸くなった。
私がこれほど端に、を交えずに核を突いてくるとはっていなかったのだろう。夫の喉仏がごくりとした。
「……え?」
「おでしょう。械の修理代と、代。いくらりないの?」
夫は数秒、言葉を探すように線を彷徨わせた。
そして、さく息を呑み、絞りすようない声で言った。
「……とりあえず、百万あれば。目先の支払いは全部片がつく」
とりあえず。
その言葉が、私のに鋭く引っかかった。
「百万あれば助かる」でも、「百万だけ貸してほしい」でもない。
「とりあえず、百万」。
その言葉の裏には、まるで最初の歩に過ぎないと言わんばかりの、奇妙な軽さが潜んでいた。