"私の遺産を仕分ける夫" 第3話
の猶予
「お姉ちゃん、ふざけないでよ」
弁護士事務所をてすぐ、駅の商業ビルのにある古い喫茶に入った。
席につくやいなや、妙子は注文を取りに来た員がるのを待ちきれずに、声をくしてを乗りしてきた。その目はりで血っていた。
「何よそれ。今度も来てたってどういうこと? 法に繰り入れる続きって何? 義兄さん、完全にお姉ちゃんのおを自分の会社の穴埋めに使う気じゃない!」
「妙子、声がきい……」
「きくもなるわよ! なんでお姉ちゃんが庇うの? らなかったんでしょ? 義兄さんが弁護士のところにってたこと」
テーブルのに置かれたアイスコーヒーのグラスに、滴がびっしりとついていた。私はそれを指先でなぞった。指がたさでくなる。
「らなかったわよ。今、初めて聞いた」
「でしょ!? 信じられない。の親の遺産だよ? お父さんが汗垂らして遺してくれたおだよ? それを、娘の私たちが受け取るから、勝に使いを計算して弁護士に根回ししてるなんて……棒と何が違うのよ」
「棒だなんて、そんな言い方しないで」
反射に夫を庇う言葉がた自分に、私自が番驚いていた。
の習慣とは、これほどまでに恐ろしいものなのか。
夫のに底れぬ恐怖と信を抱いているはずなのに、内から夫を悪く言われると、まるで自分のを否定されたような痛みがる。
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「印刷所の経営が、本当に苦しいんだとう」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「ここ、に持ってくるおも半分以になってたの。敬さんは真面目なよ。浮気もしない、ギャンブルもしない。朝から晩まで油にまみれて、で会社を守ってきたのよ」
「だからって、お姉ちゃんの遺産を勝にあてにしていい理由にはならない!」
妙子はぴしゃりと言い放った。
「いい、お姉ちゃん。よく聞いて。義兄さんの問題はね、『おに困ってること』じゃないの。『お姉ちゃんに言も相談せずに、自分のものとしていてること』なのよ」
胸の奥を、細い針でく刺されたような痛みがった。
「夫婦をやってきたから? 夫が稼いでお姉ちゃんを養ってきたから? だからお姉ちゃんに入ったおは、当然自分の会社の延命に使っていいってってるのよ、あのは。お姉ちゃんがどうしたいかなんて、ミリも考えてない」
妙子の言葉は、すべて正しかった。
反論の余など、どこにもなかった。
敬は私に「おを貸してほしい」とをげたわけではない。
「いくら入るんだ?」と探りを入れてきたわけでもない。
ただ黙って私の背を通り抜け、弁護士のところへき、「いつ座に入るか」「どうやって会社に移すか」を事務に確認していたのだ。
そこには、私というへの敬も、躊躇いも、申し訳なさもしていなかった。
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あるのはただ、「夫婦なのだから、のはつである」という、絶対な提だけだった。
「このおはね、お姉ちゃんのおだよ」
妙子は私のをテーブル越しに握った。そのは温かく、力かった。
「円も渡しちゃダメ。どうしても貸してって言われたら、私がに入るから。絶対にで抱え込まないで」
「……ありがとう、妙子」
喫茶をて、妹と改札ので別れた。
になって沼津の商を歩きながら、私はいつものスーパーに寄った。
夕飯の買いし。
目に入ったのは、値引きシールの貼られたアジのきだった。枚で百円。
無識にそれをカゴに入れようとして、私のは止まった。
週には、私の座に千百万円が入る。
なのに私は、今も円、円のさを気にして、夕暮れのスーパーで値引きシールを探している。
夫に秘密を持つなんて、で度もなかった。
何にどこへき、誰と会い、何を買ったか。そのすべてを敬に話し、共してきた。それが妻としての誠実さだと疑わなかった。
けれど今、私は夫に対して、途方もない嘘をつこうとしている。
「週にが入る」という事実を、夫がすでにっていることを、私はらないふりをしなければならない。
胸の奥に、じっとりとい罪悪が沈殿していくのをじながら、私はえ切ったアジのパックをカゴに入れた。