"「貧乏神」と追い出された私、実家に帰ったら元夫一家が慌て始めました" 第5話
ツー、ツー……ガチャ。 『はい、智美? どうしたの、こんな夜更けに』
母の温かい声を聞いた瞬、胸の奥底から込みげるものがあったが、智美は奥歯を噛み締めてそれをみ込んだ。 「お母さん……夜分遅くに、ごめん。……私、蓮さんと婚することになったの。今すぐ、荷物をまとめててけって言われて……。けないんだけど、迎えに来てもらえないかな……?」
罵倒されるか、あるいは泣かれるかと覚悟していた。 だが――話の向こうの母・静から返ってきたのは、驚くほど静かで、どこか覚悟の決まったような、く澄んだ声だった。
『……そうかい。よく決断したね、智美』
「え……?」
『おがずっとで耐えて、ボロボロになってること、お父さんもおじいちゃんも、みんな分かってたよ。……丈夫。こうなるとって、
準備はとっくにできてるから
』
母の放った「準備」という奇妙な言葉に、智美はわずを疑った。
『今からすぐ、お父さんとおじいちゃんと緒にで迎えにく。分で着くから、おは自分の切なものだけ持って、エントランスで待っていなさい』
「お、おじいちゃんまで来るの!? でも、夜だし……」
『いいから。……智美、顔をげて待ってなさい。私たちの宝物を迎えにくんだからね』
ツツツ……と通話が切れた。 母の言葉の真は分からなかった。 だが、智美のを覆っていた鉛のような恐怖と絶望は、いつのにか、凛とした静寂へと変わっていた。
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宣言通り、ちょうど分の午。 マンションのインターホンが鳴り響いた。 智美が解錠ボタンを押すと、ほどなくして玄関ドアをノックする音がした。
ドアをけると、そこには初の夜を纏った父・彦(歳)と、母・静がっていた。 は農作業用の汚れのない、きちんとしたシャツとスラックスを着込み、どこか研ぎ澄まされたような落ち着いた表を湛えている。
リビングから、缶ビールをにした蓮と、腕組みをした義母がのそのそと姿を現した。
「あらいやだ、本当にんできたのねえ」 義母は嘲笑を隠そうともせず、智美の両親をからまで値踏みするように眺めた。 「夜遅くに呼びてて悪かったわねえ。農の方々は朝がくて夜は寝るだけが取り柄でしょうに。こんなまで起きてて丈夫かしら?」
嫌たっぷりの先制攻撃。 だが、母・静は眉ひとつかさず、完璧な会釈を返した。
「お気遣い痛み入ります、お母様。親として、切な娘を引き取りに参りました。……娘から事は伺いました。どうやら、お宅様のような由緒正しいご庭とがでは、分が釣りわなかったようでございますね。いでしたが、娘が変お世話になりました」
慇懃無礼とも取れる完璧な姿勢。 義母は図に乗ったようにアゴを突きし、勝ち誇った笑みを浮かべた。
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「ええ、ええ! 分違いって言葉をよくごでだわ! うちの蓮は将来望な商社マンですからね、貧民の血が混ざった孫なんて産まれなくて、清々したわ!」
母は微笑みを崩さぬまま、持参していたハンドバッグから枚の類を取りした。 緑の枠線が印刷された――すでに智美の署名と押印が完している、緑の『婚届』だった。
「準備はできております。蓮さん、こちらにご署名とご捺印をいただけますか?」
「お、おう……仕事がくて助かるわ」 蓮は瞬、両親のあまりのじなさに気圧されたように目を丸くしたが、すぐにせせら笑いながらペンをらせ、乱暴に認印を叩きつけた。
「はいよ! これでおとは赤のだ!」 蓮は婚届をヒラヒラと智美の目ので振ってみせ、見せつけるように突き返してきた。 「せいぜい実のボロ敷で、すすってきていくんだな!」
母がすっとを伸ばし、その婚届を音もなく回収した。 「役所への提は、こちらで責任を持って済ませておきますね。それでは、失礼いたします」
「ええ、さようなら! あー、貧乏神がいなくなって空気が美しくなったわ!」 義母と蓮は、嘲笑混じりの歓声をげながら、智美の荷物を抱えた両親のを追うように、わざわざエレベーターに乗って階のエントランスまでついてきた。
最の最まで、惨めに追いされる親子の姿を笑い物にし、優越に浸るためだ。