"優先的に妹さんと" 第16話
のの製氷
翌の。
季節れのたいが、アスファルトの面を鈍く濡らしていた。
私が県庁支くのワンルームマンションに引っ越してから、半以が経っていた。
平は朝から晩まで融資案件の査定と格付け業務に追われ、週末は分の洗濯と自炊で静かに過ぎていく。真紀とは、に度か度、のない確認のようなメッセージを交わすだけになっていた。
曜の午。回りからの帰りに、私はふといってを駅でりた。
傘をすぼめ、懐かしい商の裏へとを踏み入れる。
赤錆びた板の掛かる古いビルの階段をがると、ガラス張りのドアの向こうに『喫茶 青葉』の文字が見えた。
ドアベルを鳴らしてに入る。
の平の午ということもあって、席ある内に客の姿はなかった。奥の厨から、ガタガタと属の擦れう穏な音が響いている。
「いらっしゃいま……あ、由里?」
カウンターの奥から顔をしたのは、いシャツに濃紺のサロンエプロンを巻いた真紀だった。
髪をろで乱雑にお団子にまとめ、額にはっすらと汗が浮いている。
「どうしたの、急に。連絡もなしに」
「くまで来たから。……それ、何の音?」
真紀は困ったように眉をげ、厨のを指さした。
「製氷。さっきから変な音がして、氷がてこなくなっちゃって。
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佐伯さんは今、買いしにってるし、業者に話したら見に来るだけで万円かかるって言われちゃってさ」
真紀はエプロンのポケットからドライバーを取りし、に膝をついて製氷の側面を覗き込んでいた。肘のあたりには、黒い械油の染みがついている。
私が事に指摘した通りだった。落ちの設備は、から半で次々と鳴をげているらしかった。
かつての私なら、番「だから買い替え費用を見込んでおきなさいって言ったじゃない」と説教を始めていただろう。
だが私は、バッグを空いたテーブルのに置き、コートを脱いだ。
「取扱説、どこにあるの?」
「カウンターののファイル。でも、由里のスーツが汚れちゃうよ」
「いいから。フィルターの目詰まりかもしれないでしょ」
で油まみれの説を広げ、悪戦苦闘すること分。パネルをし、詰まっていた氷の塊をドライバーの柄で砕くと、械は再びく唸りをげて正常にき始めた。
カラン、と乾いた音をてて、真しい氷がバスケットに落ちる。
「……いた」
真紀がに座り込んだまま、脱力したように息を吐いた。顔には黒い汚れが筋になってついていたが、その顔はどこかれやかだった。
「よかった。業者呼ばずに済んだ」
「しのぎだけどね。
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来にはパッキン交換した方がいいよ」
「うん、佐伯さんと相談する」
ちがった真紀が、洗いでを洗いながら言った。
『佐伯さんと相談する』。
その自然な言葉の響きに、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのをじていた。姉にはもう、常を共に支えうパートナーがの世界にいるのだ。
その、けたたましくドアベルが鳴り響いた。
「真紀! いるんでしょう!」
濡れたビニール傘を激しく振りながらび込んできたのは、母だった。
母は誰もいない客席を瞥し、油汚れのついた真紀と、スーツ姿の私を見て、あからさまに顔を歪めた。
「やっぱりね! こんなのに客なんても来ないじゃないの! 由里、あんたも何やってるの、こんな油臭いところで!」
母はカウンターに詰め寄り、真紀を指さした。
「親戚の法事でも恥ずかしくて言えやしないわよ。過ぎて会社辞めて、こんな暗い喫茶で油まみれになってるなんて! あんた、由里がをていったからって自暴自棄になってるんじゃないの!? 今からでも遅くないから畳んで、事務のパートでも探しなさい!」
容赦のない言葉が、静かな内に突き刺さる。
真紀は唇をきつく噛み締め、俯いた。その肩がさく震えている。
昔と同じ景だった。何かあれば母が騒ぎて、真紀が縮こまり、私がに入って「まあまあ、お母さん」
と正論でを収める。そして、真紀の選択を全な所へと引き戻すのだ。
だが、私は歩にた。
真紀の横ではなく、真紀と母のに体を滑り込ませた。
「お母さん」
私の声は静かだったが、音を切り裂くように凛としていた。
「もう、やめて」
母がぎょっとして私を見た。
「由里? あんただってそううでしょう? こんな無謀なこと……」
「ここは、お姉ちゃんのだよ」
私は母の目をまっすぐに見据えた。
「赤字になるのも、械が壊れるのも、恥をかくのも、全部お姉ちゃんが自分で引き受けたことなの。お母さんが勝に恥ずかしがったり、をしたりすることじゃない」
「な、何言ってるのよ、族でしょう!? あんたが止めなきゃ誰が止めるのよ!」
「止めないよ」
私は微笑んですらいた。
「お姉ちゃんは、自分のでここにってるんだから。邪魔しないで、お母さん」
母はをパクパクとさせ、信じられないものを見るように私と真紀を交互に見つめた。やがて、私の固い決に押されたように、忌々しそうに傘を握り直した。
「……もうらないわよ、とも! 勝にしなさい!」
ドアが乱暴に閉まり、ベルが激しく鳴った。
再び、の音だけが戻ってきた。
静まり返った内で、真紀がぷっと吹きした。
「何笑ってるの」
私が振り返ると、真紀は涙を浮かべながら腹を抱えて笑っていた。
「だって……由里がお母さんにあんな言い方するの、まれて初めて見たから」
「……私も、初めて言った」
顔を見わせ、私たちはどちらからともなく笑い声を漏らした。
はたいがり続いていたが、のには、淹れたての珈琲のような微かな温もりだけが確かに残っていた。