みかん小説
本棚

"優先的に妹さんと" 第15話

私の失敗になるだけ

「今ね、産の部にいるの」

真紀は努めて落ち着いた声をそうとしていたが、息が浅くなっているのが分かった。

「テーブルのに、契約が並んでる。佐伯さんはもうサインして、今はオーナーさんと保証の話をしてる。……私のに、朱肉とペンが置いてあるよ」

「……うん」

私はすりを握るに力を込めた。

言いたい言葉が、何、何百とので渦を巻いていた。

『本当にいいの?』

『もう度だけ考え直せない?』

『あの赤字の計画、忘れたわけじゃないでしょ?』

けれど、私は唇を噛み締め、そのすべてを喉の奥へ押し戻した。今は私がをくではない。

真紀が、ふっとさく息を吐いた。受話越しに、姉の吐息が温かく響く。

「由里にね、許をもらおうとって話したんじゃないの」

真紀の言葉に、胸が詰まった。

「『サインしていいかな?』って、あんたに背を押してもらおうとったわけでもない。……ただ、名をくに、由里にだけは言っておきたかったの。『今からくよ』って」

「……お姉ちゃん」

「怖いよ」

真紀の声が、微かに揺れた。

「怖くてたまらない。昨の夜も胃がキリキリ痛んで、全然眠れなかった。由里のノートにいてあった最悪の数字が、何回ものをぐるぐる回ってる。半には佐伯さんと喧嘩して、も潰れて、退職も全部なくなって……惨めないをするかもしれない」

広告

真紀はそこで言葉を切り、く息を吸い込んだ。

「でもね、由里。もしそうなったとしても、それは全部、私の失敗になるだけだから」

階段の踊りに、たいが吹き抜けた。

「私が選んで、私が判を押して、私が転ぶの。誰のせいにもできない、私だけの失敗。……過ぎてけないけど、私、まれて初めて自分ので失敗する権利をに入れた気がするのよ」

目が、じんとくなった。

溢れそうになる涙を堪えようと、私はを仰いだ。

姉はずっと、失敗を恐れて私のろに隠れていたのではなかった。失敗する権利そのものを、私と母によって奪われ続けていただけだったのだ。「違えないように」「損をしないように」という名目で、転ぶことの痛みも、起きがる経験も、すべて先回りして奪いっていたのは私だった。

「……うん」

私のから、震える声が漏れた。

「もし、全部なくなったら?」

「そのは、またパートでも何でも探して、からやり直すよ。あんたに『ほら見たことか』って笑われながらね」

真紀が、泣き笑いのような声をてた。

私もまた、零れ落ちた涙をの甲で拭いながら、さく笑った。

「笑わないよ」

「え?」

「笑わない。お姉ちゃんが転んでも、絶対に馬鹿にしたりしない」

私はすりからをし、背筋を伸ばした。

、握りしめ続けてきた「姉ののハンドル」

を、指先を本ずついて完全に放すような覚があった。怖かった。けれど、それ以に、目のが澄み渡るような解放があった。

「サインしなよ、お姉ちゃん」

それは許ではなかった。承認でも、命令でもなかった。

ただ、荒れ狂うへ舟を漕ぎそうとしている姉の背を、岸辺から見つめる覚悟の言葉だった。

受話の向こうで、真紀が息を呑む気配がした。

「……うん。くね」

カチリと、ボールペンのノック音が静かに響いた。

「じゃあね、由里。夜、帰ったら片付け伝ってよ」

「うん。わかった」

通話が切れた。

ツーツーという無質な子音を聞きながら、私はたい鉄の扉に背を預けた。頬を伝う涙が止まらなかったが、胸の奥のい澱は、綺麗に消えっていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: