"結婚式には来ないでと言った親友" 第1話
午半のインターホン
曜の朝半に鳴るインターホンには、ろくな用件がない。
私は古くなった台所用のスポンジをにしたまま、玄関のモニターを覗き込んだ。画面には、濃紺のスーツを着た見らぬ男が映っていた。代半ばか、あるいは。ネクタイは締められているものの、結び目がわずかに緩み、額には油のような汗がっていた。宅配業者でも宗教の勧誘でもない。何より、彼の線がカメラのレンズではなく、その奥にある部の気配を必に探っているのが見て取れた。
「……はい」
受話器を取り、できるだけを乗せずに答えた。
「井梨さんですか」
かすれた声だった。朝からずっと叫び続けていたかのような、喉の奥が乾ききった音だ。
「そうですけれど。どちら様でしょうか」
男は瞬、言葉に詰まった。胸元にを当て、何かいものをみ込むように度顎を引いた。
「突然すみません。川と申します。川拓です」
聞いたことのない名だった。私はので自分の親族や、事調の職で関わった申たちの顔を素くめくったが、該当する物は浮かばない。
「あの、どのようなご用件でしょうか。当たりがないのですが」
「……真由の、婚約者です」
その文字がに届いた瞬、私の指先は受話器を握ったまま固まった。
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真由。
最にその名を声にして呼んだのは、いつだっただろう。。いや、正確にはの、都内のさなファミレスの片隅で、めきったドリンクバーの烏龍茶を挟んで喧嘩をして以来だ。
「今、結婚式なんです」
男――川拓は、インターホンの向こうで言った。
「式は港区のホテルです。親族も、私の職のも、もうすぐ集まり始めます。真由も、朝には現に入りました。ヘアメイクも終わって、ドレスも着ています」
私は息を詰めて、男の次の言葉を待った。
に縁を切った女の結婚相が、式の当の朝に私の自宅を突き止めてやってくる。常識で考えれば、狂気の汰だ。祝いの言葉を奪いに来たのか、あるいは何か銭のトラブルでもあったのか。だが、男の表にあるのはりでも威圧でもなく、元が崩れ落ちるのを必で耐えているの怯えだった。
「彼女、からりないんです」
「……は?」
「ホテルの駐にめたから、歩もようとしないんです。メイクさんも、プランナーも、私の母も呼びにきました。でも、ドアをけようとしない。具が悪いのかと聞いても、ただ首を振るだけで、理由を何つ言わないんです」
私はわず、玄関の鍵をけてドアを数センチ引いた。ドアチェーン越しに、男の実物が現れる。
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画面越しで見るよりもずっと背がく、だがその肩はけないほど丸まっていた。
「どうして、私のところへ来たんですか」
私の声は、自分でも驚くほどたく響いた。の傷が、乾いた音をてて裂けるような覚があった。
「真由とは、会っていません。連絡先もりません。彼女が誰と結婚しようと、私には何の関係もないはずです」
「私もそういました」
川さんは、チェーンの隙から私をまっすぐに見つめた。その瞳は血り、酷く充血していた。
「今朝まで、あなたの名すら聞いたことがありませんでした。でも、さっき真由が、窓を数センチだけけて、こう言ったんです。『梨を呼んで』と」
喉の奥が、ぎゅっと縮んだ。
「それ以の言葉は、何を尋ねても切にしません。梨が来ないなら、絶対にりない、と」
が、マンションの廊を吹き抜けた。、あのファミレスで真由が最に言い放った捨て台が、の奥で鮮に蘇っていた。
――あんたなんかに、私の何がわかるのよ。もう度と私のに現れないで。もし私がいつか結婚しても、あんただけは絶対に呼ばないから。
あのの彼女の、泣き腫らして真っ赤になった目。
それなのに、なぜ今になって私の名を呼ぶのか。
「……分待ってください」
私はドアを閉め、チェーンをした。
靴箱から黒のローヒールを取りし、クローゼットにかかっていた無難な濃のジャケットに腕を通した。化粧台のにち、を度だけ引く。鏡のにいたのは、歳になり、の婚や庭崩壊の類を毎無表で処理している、ひどく現実な顔をした私だった。
玄関をけると、川さんは壁に背を預けてち尽くしていた。
「、に乗ってきています」
私は何も言わず、たださく頷いた。