"十一時八分の「家に着きました」" 第10話
定の「点呼」
オフィスのエントランスで理と別れてから、週が過ぎた。
私の活は何つ変わらなかった。
朝に起き、満員に揺られ、定までパソコンに向かい、スーパーで値引きシールが貼られた惣菜を買って帰る。を過ぎてもスマートフォンは鳴らない。画面は漆黒のまま、部の隅で静かにえ切っている。
元通りになっただけだ。
自分にそう言い聞かせる回数が増えるほど、の奥底で澱のように濁った苛ちが濃くなっていった。
『ってしまったからです』
理のあの言葉が、仕事も、入浴も、眠りにつくの井の暗でも、の奥で何度も再された。
彼女は自分を「誰にも迷惑をかけない、健気で孤独な」として綺麗にパッケージ化してちった。
だが、本当にそうだろうか。
私はあの夜、救急搬送の類にかれていた彼女の現所を、記憶の片隅からどうしても消せずにいた。央線の阿佐ヶ駅から徒歩分、宅のにある築の造アパート。
のたいがる曜の夜、気がつけば私は阿佐ヶの改札をていた。
傘を叩く音を聞きながら、自分のみっともなさに吐き気がした。何をしているのか。関わらないと決めたはずのの活圏に、自らを踏み入れるなんて。
広告
引き返そうと踵を返したその、駅商のれにある古い定の引き戸がき、見覚えのあるベージュのコートがてくるのが見えた。
田辺理だった。
傘も差さず、ビニール袋を提げて歩きそうとしていた。怪をした肩をわずかに縮こまらせている。
「田辺さん」
音を割って声をかけると、彼女はにでも打たれたようにを止め、ゆっくりと振り返った。
その顔には、驚愕と、隠しきれない怯えが浮かんでいた。
「……真鍋、さん? どうして……」
「傘、入って」
私は歩み寄り、自分の傘を彼女のに差し掛けた。彼女はを引こうとしたが、私が傘の柄を引くと、観したように肩をすぼめた。
私たちは言葉を交わさないまま、目のの定へ引き返した。
夜の半。客は私たちのに、テレビのニュースを見げている老がいるだけだった。
油の匂いが染み付いたテーブルを挟んで、私たちはパイプ子に向かいった。理は注文したいほうじ茶の湯呑みを両で包み、度も私と目をわせようとしない。
「どうしてここが……」
「病院の類で所を見たの。気が悪いでしょう。自分でもそううわ」
私がたく言い放つと、理は唇を噛み、線をテーブルの目に落とした。
「あのの言葉が、どうしても納得いかなかったの」
私はバッグを膝に置き、背筋を伸ばした。
広告
「あなたが送ってきたメールのことよ。『らなかったから送れていた』『のだとったからもう送れない』……綺麗にまとめたつもりでしょうけど、私はずっと反吐がるほど腹がっていたの」
理の指先が、湯呑みの陶器のでぴくりとねた。
「あなた、自分は相に迷惑をかけない慎みいだとでもっているの? 違うわよ。あなたがしていたのは、ただの『点呼』よ」
理が息を呑み、ゆっくりと顔をげた。
「毎晩毎晩、相が誰かも確かめず、返事も求せず、『に着きました』とだけ送りつける。相がどんないでそれを見ているかも考えず、ただ『自分は今夜も無事にき延びました』って、無のタイムカードに判を押していただけじゃない」
「……違います」
「何が違うの?」
私は容赦なく言葉をねた。
「返信が来ない相なら、配されることもない。事を聞かれることもない。『丈夫?』って踏み込まれるリスクもない。全な距から方に証を投げつけて、相のをかすめ取っていただけよ。そんなの、報平でも何でもない。ただの卑怯な甘えよ」
理の顔から、急速に血の気が引いていった。
額の黄い痣が、く抜けた肌ので浮き彫りになる。
彼女のさな肩が、刻みに震え始めていた。