みかん小説
本棚

"十一時八分の「家に着きました」" 第6話

喫茶の通話履歴

田辺美穂と名乗る女性と会うことになったのは、話を受けた当の昼休みだった。

私の勤める神保町のオフィスから本裏に入った、階の古い喫茶を指定した。昼でも客がまばらで、く流れるジャズの音だけが響く暗いだ。

約束の分の分、階段を急ぎでりてくるヒールの音が聞こえた。

現れたのは、、歳とおぼしき女性だった。

理と同じように細だったが、顔つきはまったく似ていなかった。

きつくパーマをあてたボブヘアに、無駄のない紺のトレンチコート。目元には隠しきれない隈が沈み、唇はく引き結ばれていた。何事も几帳面に、自力で片付けてきてきた特の、寄りがたいさがあった。

彼女は内に線をらせ、で座っている私を捉えると、迷わずに歩み寄ってきた。

「真鍋真理子さんですね」

名乗りもしない、挨拶もない。

ただ相を確認するための、直した声だった。

「はい。田辺美穂さんですか」

「そうです」

美穂はコートも脱がず、私の正面の皮の子に浅く腰をろした。

バッグを両膝のに抱え込み、私を値踏みするように睨みつける。その目には、妹の祥事に対する苛ちと、見らぬ者への骨な警戒が渦巻いていた。

広告

「単刀直入に伺います」

美穂は声をく落としたが、語気は鋭かった。

「あなた、理とどういうご関係なんですか? 怪しい宗教か何かの勧誘ですか? それとも、何かみでも握っておを無されているんですか?」

「失礼ですね」

「失礼を承で聞いています! 妹の携帯を見せてもらいました。緊急連絡先に、私の番号ではなく、あなたの携帯番号が『姉』という名で登録されていたんです。警察や病院から『お姉さんですね』と連絡を受けた私の気持ちが分かりますか?」

美穂の指先が、膝ののバッグの革をぎゅっと握りしめていた。爪がく浮きがっている。

「理は今朝から言もを利きません。あなたについて聞いても、『関係ないだから』としか言わない。関係ない赤のの番号を、も『姉』と偽って登録するはずがないでしょう」

私はため息をつく気にもなれなかった。

ただ、自分のパーソナルスペースにで踏み込まれたようなが、胃の底にく沈んでいく。

私はバッグからスマートフォンを取りした。

ロックを解除し、メッセージアプリの画面をく。

そして、無言のままテーブルの真んへ滑らせた。

「……何ですか、これ」

「見てください。理さんの番号からの送受信履歴です」

美穂は眉をひそめながら、おそるおそる画面を覗き込んだ。

広告

『に着きました。』

『今もに着きました。』

『し遅くなりましたが、無事です。』

画面をどれだけスクロールしても、同じ言葉が並んでいた。

、、、、、。

何百通という、毎晩の。

そして、それに対する私の側の吹きしは、つもしなかった。

緑の返信は、ただの文字も、ので度たりとも打ち込まれていなかった。

「……え?」

美穂の顔から、急速に血の気が引いていった。

画面を指先で弾くスピードが速くなる。だが、いくら過へ遡っても、返信の痕跡は見当たらない。

「私は、番号を変えました」

私は淡な声で言った。

「その翌から、このメッセージが毎晩届くようになったんです。理さんが番号を桁押し違えていたのは、昨の病院でご本から確認しました。私は度も返事をしていません。度も会ったことはありませんでした。昨、病院に呼びされるまでは」

美穂はスマートフォンの画面を見つめたまま、微だにしなかった。

唇がさく震えている。

「そんな……じゃあ、理は……で……」

誰かに騙されていたわけでも、怪しい組織に絡め取られていたわけでもない。

ただ、実の妹が、返事すら寄越さない見らぬの番号へ向かって、、毎晩毎晩、自分がきている証拠を呟き続けていたという事実。

そのグロテスクな孤独のさに、実の姉である女の顔が、恐怖で歪んでいた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: