"十一時八分の「家に着きました」" 第3話
本当に来てくれた
総病院の階、科病棟の廊は、消毒液と湿ったリネンが混ざりった特の匂いが漂っていた。
ナースステーションで名を告げると、案内されたのは部の番奥、窓際のベッドだった。
「田辺さん、お客様ですよ」
護師がカーテンをシャッと引いた。
ベッドの背がしだけ起こされていた。そこに座っていた女性を見て、私はわずを止めた。
代の半だろうか。
柄で、鎖骨のあたりが浮きるほど痩せていた。
にはい包帯が巻かれ、腕が角巾で吊られている。額には黄い消毒液の跡と、赤の痛々しい擦り傷が広がっていた。化粧気のない顔は気で、ひどく疲労困憊しているように見えた。
けれど、目だけが妙に澄んでいた。
彼女は入ってきた私をじっと見げた。
驚きも、当惑もなかった。
見らぬ女が突然病に入ってきたというのに、彼女は鳴をげることも、「どなたですか」と怯えることもなかった。
ただ、ひび割れた唇をわずかに緩めて、かすれた声をした。
「……本当に、来てくれたんですね」
その静かな言が、私の胸にく突き刺さった。
護師が「じゃあ、ごゆっくり」と気を利かせてカーテンを閉め、音を忍ばせてっていった。
狭い空に、私と、ベッドのの彼女だけが残される。
広告
私はパイプ子を引き寄せることもせず、ベッドの元にったまま、く押し殺した声で言った。
「真鍋真理子です。あなたが緊急連絡先にいた、あの番号の持ち主です」
「はい」
「病院のには、違いだと伝えました。私はあなたをりませんし、あなたにも私の顔に見覚えはないはずです」
彼女はさく頷いた。首をかすだけでも痛むのか、微かに眉をひそめる。
「ええ。お会いするのは、今が初めてです」
「じゃあ、どうして」
私は鞄の持ちを固く握りしめた。努めて静を装っていたが、声が苛ちで震えるのを止められなかった。
「どうして昨夜、救急隊員に私の番号を言ったの? どうしても、あのメッセージを送り続けたの?」
彼女は線を落とし、毛布のに置かれた自分のをじっと見つめた。く切り揃えられた爪のに、かすかに血痕が残っていた。
「……番号を違えているって、最初から気づいていたでしょう」
私がねて問うと、彼女は抵抗することもなく、さく息を吐いた。
「はい。気づいていました」
あっさりとした告だった。
言い逃れも、嘘もなかった。その素直さが、かえって私の神経を逆撫でする。
「いつ気づいたの」
「……送り始めて、目です」
彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
、彼女は使っていた古い携帯話を解約し、格スマホに乗り換えた。
広告
その際、アドレス帳の移がうまくいかず、族の話番号をで打ち直したのだという。
「本当は、姉の番号に送るつもりでした。ずっと昔から、夜遅くに帰ったときは、姉に『に着きました』と送るのが決まりになっていたので」
けれど、桁の数字をつだけ押し違えた。
それに気づいたのは、目の昼休みだったという。本当の姉から、突然話がかかってきたのだ。
『理、あんた最、全然帰宅の連絡してこないじゃない。無事なの?』
その話を受けた瞬、彼女は自分が全く別の誰かの端末へ、も夜いのようにメッセージを送り続けていた事実を悟った。
「……分かっていたんじゃない」
私は喉の奥から絞りすように言った。
「違えたと分かったなら、その点で送るのをやめるのが筋でしょう。相がどんなかも分からないのに、どうして止めなかったの? なぜも、毎毎、私に見らぬあなたの活を送りつけてきたのよ」
彼女は顔をげなかった。
いシーツを握りしめるの指先が、く張っていく。
病のから、誰かの点滴スタンドが転がる規則正しい輪の音が聞こえていた。