"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第17話
歪んだスツール
への旅から、半が過ぎていました。
初の爽やかなが、リビングのレースのカーテンを静かに揺らしています。
ベランダからは、所の子供たちの笑い声が微かに聞こえていました。
旅から帰った、私たちの活が劇に、魔法のように変わったわけではありません。
相変わらず隆史は数がない方ですし、私も以のように甲斐甲斐しく夫の顔を伺うことはなくなりました。
けれど、のを流れる空気は、以の張り詰めた「聖域」のような苦しさを完全に失っていました。
「ただいま」
玄関のドアがき、しくぐもった夫の声が聞こえました。
靴を脱ぐ音に混じって、材が擦れうようなたい物音が響きます。
リビングに入ってきた隆史は、いベージュのチノパンに、紺のポロシャツというラフな格好をしていました。
そしてその腕のには、聞に包まれた奇妙な形の物体が抱えられていました。
「それ、何?」
私が台所から顔をすと、隆史は照れくさそうにを掻きながら、聞をビリビリと破きました。
「民講座の、教で作ったんだ。今で基礎コースが修でな」
現れたのは、さセンチほどの、さな製のスツール――腰掛けでした。
表面には透なニスが塗られていましたが、素目にも分かるほど、本の脚のさが揃っていませんでした。
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フローリングのに置くと、コトコトと器用に揺れ、座面はらかにがりへ傾いていました。
「見てみろよ、これ」
隆史は苦笑いを浮かべながら、指先でスツールの角を突きました。
「先に伝ってもらったのに、カンナのかけ方がくそでさ。脚を削れば削るほどくなっちまって、最はこんなにガタガタになっちまったよ」
「……ひどいわね、これ」
私はスツールのにしゃがみ込み、指でつついてみました。カタカタと頼りない音が鳴ります。
「座ったら、確実に転ぶわよ」
「だよな。売り物にもならないし、薪にするしかないかもな」
隆史は肩をすくめて笑いました。
昔の夫なら、考えられないことでした。
完璧に仕がらなかったもの、に自できないような失敗作を、に持ち帰ることなど決してありませんでした。
に見せるのはいつも「成功した結果」だけで、その過程の恰好な傷跡は、すべて林さんのいる暗のに隠していたのですから。
けれど今の夫は、自分が作った恰好な失敗作を、そのまま私のに放りして、緒に笑っていました。
「いいじゃない、これ」
私はスツールを持ちげ、リビングの話台の横、観葉植物の鉢の隣に置きました。
「聞を取りにくの、な荷物置きにはちょうどいいわ。座らなければ倒れないもの」
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「そうか? 邪魔なら捨てていいぞ」
「置いておくわよ。あなたが自分で削ったんだから」
隆史は嬉しそうに目を細め、「じゃあ、を洗ってくる」と洗面所へ向かいました。
私は玄関の鏡のへき、のカーディガンを羽織りました。
バッグのに帳とお財布を入れ、をし引き直します。
「真理子、かけるのか?」
を拭きながらリビングに戻ってきた隆史が、議そうに尋ねました。
「ええ。駅のコミュニティセンターで、週に、図の理のパートを始めたの。今はそのオリエンテーション」
「パート?」
隆史は瞬、目を丸くしました。
以の彼なら、「俺の退職でえないわけじゃないのに、なぜそんなことをするんだ」と眉をひそめたはずです。
けれど夫は、すぐに自分の言葉をみ込み、穏やかな表に戻りました。
「そうか。何に終わるんだ?」
「半には戻るわ。夕飯、何か買ってこようか?」
「いや、米は俺が研いでおくよ。昨の残りの噌汁もあるしな」
「お願いね」
私は鍵をに取り、玄関のドアをけました。
のが、私の元をるく照らしていました。