"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第15話
富士が見えない席
翌朝の京駅は、平にもかかわらず、きな荷物を抱えた々でごった返していました。
・幹線『はやぶさ』のホームに滑り込んできた緑の体を見げながら、私たちは言葉もなく乗り込みました。
指定席は、列並びの窓側と通側。
隆史が窓側に座り、私が通側に腰をろしました。
かつての族旅なら、私は座席に着くなり忙しなくいていました。
夫の着をハンガーに掛け、元に荷物をえ、おしぼりを渡し、「お茶む?」「お弁当広げる?」と甲斐甲斐しく世話を焼いていたはずです。
それが「良き妻」の務めであり、で働く夫への労いだとい込んでいたからです。
けれど今朝の私は、自分のハンドバッグを膝のに抱えたまま、ただ方の背もたれを見つめていました。
夫の着に触れることも、喉が渇いていないか尋ねることもしませんでした。
隆史は落ち着かなそうに、何度も座り直していました。
窓のを眺め、腕組みをし、持ち無汰にポケットからスマートフォンを取りしては、見らぬニュースの画面をスクロールしてすぐにしまう。
幹線が静かに発し、ビル群の景がろへと流れていっても、内には私たちのの、耐え難い沈黙だけが居座っていました。
内販売のワゴンが、通の向こうからガラガラと音をててづいてきました。
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「お弁当、温かいおみ物はいかがでしょうか」
販売員のるい声に、隆史がぴくりと反応しました。
普段なら「ホットコーヒーつ」と即座に注文するはずの夫が、ワゴンを見つめたまま、を噤んでいました。
昨夜の林さんのメールと、私の言葉が、夫の喉元に突き刺さったまま抜けていないのだと分かりました。
ワゴンが私たちの横を通り過ぎようとした、私は販売員に声をかけました。
「すみません。温かいほうじ茶をついただけますか」
「ありがとうございます。百円になります」
私は自分の銭入れから貨を取りして支払い、カップに入ったほうじ茶を受け取りました。
つだけです。夫の分は頼みませんでした。
ワゴンがった、私は温かいカップを両で包み、窓のへと線を投げました。
隆史は空っぽのテーブルを見つめたまま、微だにしませんでした。
喉が渇いているのか、唇がく乾いていましたが、「俺にもくれ」とは言いませんでした。
窓のは、どんよりとした鉛のがく垂れ込めていました。
気予報では午から。
内アナウンスが「方向に富士がご覧いただけます」と告げましたが、分いに遮られ、そこにはの稜線のすら見えませんでした。
「……見えないな」
に、隆史がく呟きました。
の、幹線に乗るたびに彼が見慣れてきたはずの景。
けれど今の彼には、窓ガラスに映る、スーツを着ていない自分自の頼りない顔しか見えていないようでした。
「そうね。何も見えないわ」
私はほうじ茶にをつけ、静かに答えました。
綺麗な富士が見えなくても、私は無理に話題を探そうとはしませんでした。
沈黙を埋めるための嘘や笑いは、もうこの旅には必ありませんでした。