みかん小説
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"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第14話

夜のショートメール

旅夜の、リビングの片隅には、並んでをけたつのスーツケースが置かれていました。

はほとんど詰め終えていました。

泊分の着替え、洗面用具、常備薬。

、夫の張のたびに私がえてきた荷造りと、何つ変わらない景でした。

けれど、リビングを満たしている空気は、以の張夜とはまるで違っていました。

テレビは消され、壁掛け計の秒針の音だけが、やけに乾いて響いていました。

ソファに座る隆史は、膝のに置いた旅のしおりを指先でなぞりながら、度も私と目をわせようとしません。

あの、彼がのを吐きし、泣き崩れてから週。

私たちは庭内で、最限の言葉しか交わしていませんでした。

「ご飯よ」「いただきます」「お呂湧いたわ」「ありがとう」。

事務な連絡事項のに、い溝のような沈黙が横たわっていました。

その、ガラステーブルのに置かれていた隆史のスマートフォンが、ブッとく振しました。

液晶画面に、い通が浮かびがります。

『林紀子』

その文字が見えた瞬、隆史の体がびくりとねました。

夫は慌ててを伸ばし、画面を伏せようとしました。

まるで悪さをした子供が、証拠を隠そうとするような反射なきでした。

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「隠さなくていいわよ」

私の静かな声に、隆史のが空で止まりました。

私は畳んでいたウールのカーディガンをスーツケースに収め、テーブルのの子に腰をろしました。

「見せて。何ていてあるの?」

隆史は躊躇い、唇を噛み締めながら、ゆっくりとスマートフォンを私の方へ差ししました。

画面に表示されていたのは、ごくいショートメールでした。

『からのご旅、どうぞお気をつけて。

隆史さんは幹線で空腹に温かいコーヒーをむと、胃が痛む癖があります。

どうか温かいお茶を持たせて差しげてください。

、本当にお疲れ様でした。良い旅を』

悪も、未練も、媚びもじられない、あまりにもき届いた「引き継ぎの言葉」でした。

彼女は自分の退職と同に、あの「会社の奥さん」という役割を完全に清算し、最に残った細やかな配慮を、正妻である私へと渡そうとしたのでしょう。

私は画面を見つめたまま、く呟きました。

「幹線でコーヒーをむと、胃が痛むの?」

「……ああ」

隆史は線を落とし、掠れた声で答えました。

「空腹でむと、昔からしな。幹線の揺れもあるんだとう」

「どうして私は、それをらなかったのかしら」

夫の肩が、張りました。

「旅へくたび、私は京駅の売で、あなたの好きな銘柄のドリップコーヒーを買って渡していたわよね。

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『いつも気が利くな』って、あなたは笑って受け取っていた。……あの、本当は胃を痛めながらしてんでいたの?」

「いや……せっかくおが買ってくれたんだから、無駄にしたくなかったし……」

隆史は言い訳を探すように線を彷徨わせ、そしていつもの癖のように、をけました。

「それに、こんな些細な体の癖まで、わざわざおに言って配させる必もないと――」

そこまで言って、隆史の言葉がピタリと止まりました。

喉の奥に何かが詰まったように、夫の顔が青ざめていきました。

「ほらね」

私はスマートフォンの画面を伏せ、テーブルの真んへと滑らせました。

「また、あなたが勝に決めたのよ。『真理子にはらせる必がない』って」

隆史はを結んだまま、両を固く握りしめました。

その拳が、さく震えていました。

「あなたは優しい夫の顔をして、そうやって私の差ししたものを、ずっとしてみしていたのね。……そんないをさせてまで淹れたコーヒーなんて、私にとっては毒と同じよ」

私はちがり、スーツケースのジッパーを勢いよく引きました。

ジジジという質な音が、苦しい静寂を切り裂いていきました。

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