"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第13話
る権利と選ぶ権利
夫の嗚咽が、しずつ静まっていきました。
泣き腫らした目で、隆史はすがるように私を見つめていました。
「これで分かってくれただろう」「許してくれるだろう」――そんな勝な期待が、彼の瞳の奥に透けて見えていました。
自分のさを晒し、過のトラウマを告したことで、彼のでは「これで清算された」ことになっているのかもしれません。
けれど、私の胸のにあった違は、決して消えませんでした。
むしろ、夫の告を聞いたことで、私のでつの徹な確信が形作られていました。
「隆史さん」
私は背筋を伸ばし、夫の目をまっすぐに見据えて言いました。
「勘違いしないでね。私は、林さんの席が欲しかったわけじゃないのよ」
「……え?」
「さっきあなたが叫んだような、会社でのみ言や、臭い愚痴や、誰かを蹴落とした話……そんなものを、毎で聞かされたかったわけじゃないわ。私はあなたの緒のゴミ箱になりたかったんじゃない」
隆史は虚を突かれたように、瞬きを繰り返しました。
「あなたには、言いたくない過や、庭に持ち込みたくない秘密を持つ権利があるわ。どんな夫婦だって、すべてを曝けす必はない。……でもね、あなたには『私にそれを話すかどうかを、最初から勝に決めて奪う権利』はなかったのよ」
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私はテーブルのの、阪転勤の辞令を指差しました。
「阪へく、あなたは私に相談すべきだった。『世のために挑戦したい。でも変な苦労をかける。緒に来てくれるか、それとも単でくべきか』って、私の見を聞くべきだったのよ。私には、その苦労を背負うかどうかを、自分の志で選ぶ権利があったはずよ」
私の声には、もうりも涙も混じっていませんでした。
「胃潰瘍の術のもそう。『怖いんだ』って言言ってくれれば、私はあなたのを握って、緒に震えることができた。でもあなたは言わなかった。私を信じていなかったからよ。……あなたがやってきたことは、優しさでも保護でもないわ。私から『あなたののパートナーとして、苦楽を共にする選択肢』を奪い続けただけの、傲な裏切りよ」
「真理子……」
夫は力なく私の名を呼びましたが、それ以は言葉になりませんでした。
私の指摘が、彼の「美談」を根底から解体してしまったことを、彼自が理解したからでした。
ふと線を向けると、カウンターのには、あの旅のパンフレットが乗っていました。
来、でくはずだった、定退職と結婚の記旅。
隆史はそのパンフレットに線を落とし、掠れた声で呟きました。
「……旅、キャンセルするか。こんな状態じゃ、おもきたくないだろう」
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夫はどこか投げやりに、諦めたように言いました。
これ以責められるのを避けるための、予防線のような言葉でした。
私はちがり、カウンターからパンフレットと、すでに発券してあった枚の特急券をに取りました。
そして、夫の目のにパチンと置きました。
「いいえ。くわよ」
隆史が驚いて顔をげました。
「く……のか? どうして……」
「、私はあなたが綺麗に切り取って見せてくれた『夫の残骸』と暮らしてきたのよ。そして今、ようやくその裏側にあった、けなくてずるいあなたの本性をったわ」
私はコートをに取り、自分の寝へ向かうためにを向けました。
「会社の部でもなく、黒柱の父親でもない……鎧を全部剥ぎ取られた、ただの歳の男と、私がこれから先も緒にきていけるかどうか。……それを確かめに、私はその旅へくのよ」
ドアノブにをかけ、振り返らずに告げました。
「覚悟して席に座りなさい、隆史さん。今度の旅には、あなたの綱を握ってくれる林さんはいないんだから」
カチリとドアを閉めた私のに、リビングに残された夫の、浅く震える息の音だけが聞こえていました。