"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第8話
全な所の妻
窓を打つ脚が、しくなっていました。
林さんの告を聞きながら、私は恵理の言葉をいしていました。
隆史が最初に会社を辞めたいと言った。
の胃潰瘍の術の夜。
阪への異が決まったの、司への憎悪。
「林さん」
私は乾いた喉を湿らせるように、え切った茶にをつけました。
「主は……隆史さんは、どうしてあなたにだけ、そんなにみを見せられたのかしら」
林さんは、どこかい目をして窓のを見つめました。
「隆史さんは、庭を『聖域』にしたがっていました」
「聖域?」
「ええ。よくおっしゃっていました。『は、自分が戦士の鎧を脱いで、まっとうなでいられる唯の所だ。だから、会社のや、血臭い派閥争いや、自分のけない音で、あの所を汚したくないんだ』と」
私の胸に、鈍い痛みがりました。
夫が昔から癖のように言っていた「庭には仕事を持ち込まない」という言葉。
それが、どれほど歪んだ形で彼を縛っていたのかが、林さんの言葉を通して輪郭を結んでいきます。
「隆史さんのお父様は、職のストレスを酒で紛らわせては、で暴れる方だったそうです。子供の頃、母親が泣いているのを見るのが何よりも辛かったと……度だけ、酷く酔った夜に零されたことがありました。
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『自分は絶対に、あんな父親にはならない。妻や子供には、いつも頼もしく、揺るがない黒柱の背だけを見せていたいんだ』と、泣きそうな顔で笑っていました」
「……」
「だから、隆史さんはな決断をする、必ず私に番に相談しました。誰かを裏切らなければならない昇格事のも、予算を削られて部のクビを切らなければならなかったも、病院のベッドで『ぬのが怖い』と震えていたも、私にだけはその無様さを晒せたんです。なぜなら私は、彼の司でも部でもなく、そして何より――彼の『族』ではなかったからです」
林さんの声は静かでしたが、その言言が、私のの価値を根こそぎ削り取っていきました。
「族じゃないから、滅されても失うものがない。どれだけけない姿を見せても、翌朝には『同僚』として割り切れる。……隆史さんは、音を吐きせる全弁として、私を利用していたんです」
「利用……」
私は拳を握りしめました。爪が掌にい込み、痛みを覚えました。
「じゃあ、私は何だったの?」
私の声は、震えていました。
「を持ち込まない所。綺麗なものだけを置く所。……そんなの、ただの飾りじゃないの。彼が番辛い、番迷っている、私は隣に座ることすら許されなかった。阪への転勤が決まったも、彼は『会社に命じられたからってくる』とだけ言ったわ。
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私は仕事を辞めて、見らぬでで育児をして、必で彼を支えていたつもりだった。でも、彼はくかどうかを、まずあなたと相談して決めていたのね?」
「……はい」
林さんは目を逸らさず、さく頷きました。
「彼にとって、私は『を吐きす所』でした。そして奥様は……彼が命がけで守るべき『綺麗な結果だけを届ける所』だったんです。彼なりに、それが最の表現だったのだといます。でも――」
林さんはそこで言葉を切り、痛ましそうに私を見つめました。
「それは奥様を守っていたのではなく、ただ、彼自のからあなたを締めして、都のいい聖女の偶像に閉じ込めていただけだったのだと、今なら分かります」
「彼が私を置いていったんじゃない」
私は掠れた声で、自分に言い聞かせるように呟きました。
「私が……彼をその偶像のに、させてしまっていたんだわ」