"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第7話
好という名の子
林さんは私の言葉を遮ることなく、ただ静かに頷いて、私の次の言葉を待ちました。
私はく息を吸い込み、ずっと胸の奥で澱のように溜まっていた問いを、そのままにしました。
「単刀直入に伺います。林さんは、私の夫に好を持っていたのですか?」
ラウンジのざわめきが、瞬のいたようにじました。
失礼な、あるいは品のない質問だと責められてもおかしくない問いでした。
林さんは線を落とし、カップの縁を指先でなぞりながら、い沈黙を置きました。
嘘をつくための沈黙ではなく、という膨な記憶のから、最も正確な言葉を探しそうとしている沈黙でした。
やがて、彼女は顔をげました。
「……代の終わり、同じプロジェクトで寝るも惜しんで働いていた頃、ほんのしだけ、憧れのような好を持ったことはありました」
濁りのない、あっさりとした告でした。
「隆史さんは器用で、融通が利かなくて、でも誰よりも現のをで被ろうとするでした。男性社員たちが領よくち回るで、で損ばかりしていて……馬鹿なだなといながら、放っておけなかったんです。でも、それだけです」
「それだけ……ですか?」
「はい。私は歳で社のと結婚しましたし、今も夫とで暮らしています。
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隆史さんと線を越えたことは、をつないだことすら、こので度もありません。それはに誓って申しげられます」
私は、膝のの指の力をしだけ緩めました。
体の奥のどこかで、堵の息が漏れそうになりました。
けれど、林さんの次の言葉が、その微かな救いを容赦なく断ち切りました。
「でも、奥様のおっしゃりたいことは、そういう肉体関係の無ではないのですよね」
林さんの瞳が、わずかに揺れました。
そこには初めて、ある種の苦い羞恥のようなものが滲んでいました。
「私、歓送会で壇にがった……周囲から『奥さん』と呼ばれた、嬉しかったんです」
私の臓が、ドクンと嫌な音をててねました。
「否定しなければいけないと、では分かっていました。客席のどこかに、本物の奥様がいらっしゃることもっていました。……でも、が勝に壇へ向かってしまった。、あの頑固なが層部に潰されそうになるのを番くで支えて、胃に穴をけながら予算をもぎ取ってくる姿を見てきたのは、私でしたから」
林さんは自嘲気に、元を歪めました。
「周囲がやかし半分で私を『会社の奥さん』と呼び始めた、最初はって否定していました。でも、いつからか、訂正するのが面倒になった……いいえ、面倒になったというのは嘘ですね。
よかったんです」
「よかった……?」
「はい。どんなに優秀な男性社員も踏み込めない、部の最も脆い部分をっているのは自分だけだという特権。男社会のあの会社で、私が彼の番の理解者であり、操縦者であるという全能。……私は、隆史さんの恋になりたかったわけではありません。ただ、その『子』に座っている自分に、く依していたのだといます」
彼女は言い訳をしませんでした。
自分のの醜い独占欲やエゴを、綺麗に包装することなく、私のに差ししました。
「だから、私は無実の被害者ではありません。奥様からご庭での夫のを奪うことはしませんでしたが……会社での隆史さんというの、番々しい核を、私が横取りしていたんです」