"三十年間「奥さん」と呼ばれた同僚" 第5話
娘からのつの質問
「何それ、信じられない。気持ち悪すぎるんだけど」
曜の昼がり、駅のファミリーレストランのボックス席で、娘の恵理は元のカフェラテのグラスを乱暴にテーブルに置きました。
歳になり、都内の広告代理で働きながら昨結婚したばかりの恵理は、私の話を聞くうちにみるみる眉を吊りげ、顔を真っ赤にしていました。
「お母さん、なんでそので暴れなかったの? 『私が妻ですけど、その女は誰ですか』ってマイク奪って叫べばよかったじゃん! もでコソコソそんなことやってたなんて、完全にクロじゃない!」
「……倫じゃないのよ」
私はめかけた茶のカップを見つめながら、静かに首を振りました。
「スマートフォンの履歴も見たし、帳も確認したわ。そういう々しい関係じゃないの。あのたちには、肉体関係も、甘いメッセージも何もない。……ただ、会社全体が、あのを『妻』として扱っていただけなのよ」
「それが番気持ち悪いって言ってるの!」
恵理は声を荒らげ、周囲の客がちらりとこちらを振り返りました。恵理は苛たしげにバッグからハンカチを取りし、元を押さえました。
「お父さん、では『仕事のことは庭に持ち込まない主義だ』なんて偉そうにしてたじゃない。私がのことで相談しようとしても、『母さんに聞け、俺はで稼ぐだけで杯だ』って突っぱねてさ。
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それなのに、会社では別の女に全部愚痴って、綱握らせて甘えてたってこと? 最悪。お母さん、あんな男、今すぐ婚しなよ。慰謝料ガッツリ取ってさ」
娘の激しいりは、本来なら私が昨夜ぶつけるべきそのものでした。
けれど、私の胸のにあったのは、りというよりも、底の抜けた井戸を覗き込んでいるような、ええとした虚無でした。
恵理はひとしきり父親への罵声を並べてた、ふと何かをいしたようにを閉じました。
氷が溶けてカランと音をてるグラスを見つめ、し躊躇うようなを置いてから、私を見据えました。
「……ねえ、お母さん」
「何?」
「お母さんさ、お父さんがの会社員で、最初に本気で『辞めたい』って漏らしたの、いつだったかってる?」
唐突な問いに、私は息を呑みました。
「え……? そんなの……辞めたいなんて、あんな責任のいがにするわけ……」
「らないんだ」
恵理はく息を吐き、つ目の質問をねました。
「じゃあ、にお父さんが胃潰瘍で週入院して、内鏡の術したでしょ。あの術の夜、お父さんが病で何に番怯えてたか、ってる?」
私の指先が、カップの縁をきつく締めげました。
「……痛いのが苦なだから、麻酔が効くかどうかを……」
「違うよ」
恵理の瞳に、い憐れみのが浮かびました。
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「最にもうつ。お父さんが代の頃、阪に単赴任させられそうになった、番憎んで、でも絶対に名をさなかった直属の司の名、言える?」
声がませんでした。
喉の奥がカラカラに乾き、唾をみ込むことすらできませんでした。
つの質問。
どれつとして、連れ添った私には答えられませんでした。
私は夫の好きな噌汁の具をっています。
靴の引きしの所も、アイロンの温度の好みも、健康診断の数から悪あがきで酒を控える癖も、すべてっています。
けれど、彼がの荒野で、何に怯え、何に絶望し、誰の顔をい浮かべて歯をいしばっていたのか――その輪郭を、私は何つ捉えていませんでした。
「私ね、の、お父さんの斎で偶然見ちゃったんだよね」
恵理はさな声で言いました。
「退職届のカーボンの控え。付は私が学の頃だった。ぐちゃぐちゃに丸められてゴミ箱の奥に突っ込んであった。……でも、お母さんには何も言えなかった。のお父さんはいつも、完璧で、嫌で、絶対に音を吐かない『黒柱』だったから」
恵理は私の震えるに、自分の温かいをねました。
「お母さんが悪いんじゃないよ。お父さんがそうやって壁を作ったんだから。……でもね、お母さん。あの林って、きっとそのつの質問の答え、全部即答できるよ」
その言が、私の胸をく、残酷に刺し貫きました。